個人的に作品と向き合った感想です。
#1 私の存在
・コラムや日記的要素の強い印象を持つ作品。“彼”という呼び名によって其れは少し緩和されるが、“私”視点から彼の生命の行く末をただ淡々と語られている。個人的に想像した彼は、ペット(恐らくは犬)かなと感じられた。懐いていたペットとの一ヶ月、幾度か会いに行く度に弱っていく様子を目の当たりにしながらも、自分の無力さを痛感するという気持ちを前に出した話だ。だが余りにも淡泊に綴られている事と500強の文字数によって、結局は私が私自身に酔っているだけのような印象を与え兼ねない。タイトルからもそう感じてしまい易い為、其れが狙いならそれでいいのだろうが。個人的には余り物語性を感じなかった。彼という表現を敢えて使用していても、殆ど活かされてないように思えた。彼の存在と私の存在のバランスが取れていたら、また違うものになっていたように思う。
#2 蝉の声
・何とも偏りのある考え方を、粗雑に書き記した愚痴吐きのような作品である。このタイトルにする必要性を余り感じられない。随分と狭い世界観を述べられているだけな為、読者としての疑問や気に掛かる点が多々回収されないままで、不燃焼感満載に終わる。書けなかったのか書かなかったのか分からないが、もう少し掘り下げても良い部分はあったのではと思う。男の考え方への基本概念やら夫婦間の関係性、養子を迎え入れる際の描写や養子であるその子自身について等、描き切れないドラマが沢山ある筈なのに排除されている書き方にしてしまうと、どうしても説得力に欠ける。男に焦点を当てるのならば、もう少し男の背景を描写していたら深みが出るだろうと感じた。
#3 世界人類に平和が訪れるなら。
・話の大半を、纏まり切れない持論でつらつらと埋められている。これもまた、ポエムや日記的要素に傾いているような印象。揺れる青き心情を描きたかったのだろうとすれば、ある意味ぐらぐらと揺れているものは感じ取れる。文章表現も同様で、進めば石ころに躓くような繰り返しの読み心地。メインにされている心情をそのまま心情での表現にせず、別の角度から見た描き方をすれば憂いや青さも良い浮かび上がりをしたのではと思う。削ぎ落とす部分と言いたい事をもう少し吟味したり、折角のアイテムである貼り紙をただの貼り紙以上の存在に仕立て上げる工夫をする等、広がりはあると思う。
#4 パパ
・冒頭の書き出しでは近親相姦を頭に浮かべ易い。その調子で読み進めると、出てきた事実である七歳年上の男によって、それまで感じていた背徳的汚れが一気に払拭された。文章から推測されるのは、十九歳と二十六歳位のカップル。そのよくある至っておかしくはない年齢差と、特異な“パパ”設定とのバランスが上手く噛み合わない。それは両者の人物としての描写が曖昧であったり、一連の事の背景が軽薄な為でもあろう。狂気と愛情の入り乱れのようなものを描写したい印象を受けるが、如何せん読者に不親切な表現も所々見られ、把握は出来るが話に粗が出来てしまって入り込めない。人の死についての時間の経過や人物の位置の描写など大事な部分にズレを感じてしまう為、殺害と人の死というリアルな生々しさが薄らいでしまう。誕生日に貰ったという“紅い花”の存在をもう少し前に出すような、そんな描写があればより妖艶になったかなと感じた。
#5 夢?
・まずタイトルは本当にこれで満足なのだろうかと、首を傾げる。短い文の繋がりであまりにも簡易に表現されている事は、分かり易くもあるが奥行きを感じ難い。自分の家が消えている事実と周りからの証言や時間軸の事実の狭間で混乱する所までは、予想の付く範囲ではあるが興味を持てた。その直後から小石に躓き暗転というベタな展開で煽り、恐らくは最後の締めの文でもう一展開としたかったのだろうと考える。しかしながら、その最後の一文によって更に想像が分散してしまう為、あまり読後の歯切れが良くない。敢えて結果を不明瞭にしたかったのかもしれないが、それならば中盤の展開もベタなお陰で終盤に掛けて尻つぼみになっていく故、より一層最後の一文が肝な筈。締め方が曖昧なだけに、話の味も薄まってしまった印象。
#6 四郎
・苦い大人の昔話。そんな紹介の仕方をしてしまうだろうお話。敢えて救いや希望のない話にしたかったのだろうかと考える。好みの分かれるオチであり展開であるが、教訓が無い訳ではない為、話としての纏まりはある。四郎をどう思うかによっても受け取り方が変わるし、周りの人物達への印象でも違いが出るだろう。優しさは時によって仇となる。または、優しさと考え無しは似ているようで非なるもの。等々、確かに現実的な教訓やら人間関係ではあるけれど、正直何度も読み返したくなる話ではない。昔話的語り口調なのに時折現代的用語が混ざっていたりする事は、特段の違和感は覚えないけれど少々気に掛かったのだが、態となのだろうか。また、全体を通して畳み掛けるように四郎への追い詰め感があるが、寺に野良猫が来た辺りからはとても駆け足で纏めたような印象を受けてしまう。カエルを空腹の足しにするのも少し飢餓感に欠けるというか、四郎が結構行動力のある人物に見える事と誰かと一緒に暮らしたい強い思いが見える為、その行動だけに留まってしまう事に違和感を覚えてしまうのだ。四郎というキャラや猫のハル、地蔵などは特に話の中で自然に動いたというよりは作者の都合で動かされた、そんな印象を受けるお話。とにかく四郎を独りにしたかったのかな、と読み手としては寂しく終わってしまった。
#7 訪問
・『訪問』というより何か他のタイトルである方がしっくり来るような気がした読後感。ホラー的な話なのかとも思えたが、読み進めれば時の流れを改めて実感する大人の話である。おじさんも少年も登場はするが特に重要な人物要素も感じられず、主人公の語り内でただ終わらされただけのような印象。良くも悪くも、これといってピックアップするものが無い。恐らくは日常にある一部であり現実的ではあるが、その現実味があり過ぎてしまう為に内容に濃さを感じ辛いからであろう。キャラなり文章なりに目立つものがあればまた違う印象になったかもしれない。
#8 誰も話さなくなった日の終わり
・敢えてこの短さで纏めたのは、作者がこの作品でこれ以上描く必要はないという考えがあったように感じる。だとすれば曖昧な表現が並べられている事や、はっきりと答えを示さずに話を閉じている事は捉え方の間口を敢えて広げていると捉えてもよいのだろうと思う。“私”がどういった立場か、“君”は一体誰なのか。他にも余白な部分は所々あって、良い意味では想像を掻き立てられるが、悪い意味では読者に預けただけで返答のないメモ書きのような作品にも受け取れる。そういった所をどのように思うかで、好みが分かれる作品だろう。個人的には、ショートショートや詩的要素寄りな作品だなあと感じられた。
#9 虫のこと
・時事であるヒアリとMUと呼ばれる男を掛けての話かと受け取った。話の中盤での所謂会話文の表現方法が理解は出来る範囲だけれど、正直ごちゃごちゃとしていて人によってはとても分かり辛いものであるだろう。MUという呼び名である事は、冒頭での『あだ名はヒアリになった』とイコールで良いのだろうか。虫や無視などとの言葉遊びに思おうにもしっくりこないし、かといって正確な答えも見出せずに不燃焼気味にその疑問を終えてしまった。ヒアリの表面的な一部の性質を捕まえての比喩であり、ヒアリとしての深みがない表現では同時にMUのキャラの深みにも響いていると思う。読後も結局MUのキャラや性格が上手く纏まっていない印象で、それ故に終盤の陰湿的な描写でもあまり毒々しさは感じられなかった。それが狙いなのかもしれないが、ただはっきり言える事は、MUよりも周りの会社の人達の方が毒持ちなのではと個人的には感じられた。全体的な雰囲気としては引き込むものがあると思う。
#10 家族
・全体のおよそ九割が兄夫婦の会話であり、其れを視点的には弟視点で書かれている。良点を挙げれば母であるキャラを時折混ぜて来て、少しコメディ要素が引き立った所だろうか。特に話に波がある訳でもなく、少々のコミカルさのある会話を中心とした様子が書かれている。タイトルも含めて、取り立てて感想を言える所を見つけるのが難しい程に、全体を通して平坦で記憶に残り難い作品だった。
#11 リリーはキツネのリュックになる
・面白かった、と読後に自然と声が出た。リリーさんや目玉のキャラ設定、備品の集まる理由や持ち主との関係性などの描き方が魅力的に、且つ興味をそそる仕上がりになっている。物語の要素として大切なものが多々詰まっていて、少し年齢の高めな子どもや大人でも楽しめそうな絵本のような話だと感じた。言い回しや細かい表記など気になる所があるにはあるが、殆ど気にならない位には物語が魅力的。読む毎に絵が浮かび易いのは、とても強みだと思う。リリーさんが好きな絵について、備品からの気持ちを受け取る際に起こる現象の理由、それぞれのキャラの背景など良い意味で気になる事も沢山あり、『この御話の続きが読みたい』と思わせる作品だった。最後の文で目玉が人間の着ぐるみを着て、キツネのリュックになったリリーさんを背負い出発する所で締めた事により、一層そう思えるのだろう。そういう意味でも締めの良さを感じる。タイトルもそれだけで興味をそそるものでインパクトもあり、タイトルとしての役割をきちんと果たしている事も好印象。
#12 冷蔵庫の物語
・冷蔵庫から出て来る人、その人は行き来出来て現実世界でも生きられる。その設定は面白いと思う。でも、二人のキャラや背景、兄さんと何故呼ぶのか、何故一度突き放したのに受け入れたのか等、全体的に何となくは受け取れはするのだが朧気ではっきりとしない印象の作品だった。敢えてそういう作品にしたのかもしれないし成り立ってはいるのだが、読後の印象や感想があまり出て来なかった事が正直な所。家電売場で冷蔵庫担当になった事は微笑ましい。個人的には冷蔵庫で始まり冷蔵庫で終わっても、それだけでは月並みな展開だとは思わない。この作品で月並み=内容としたかったのならば、一部の印象としてはあながち的を得ているのかもしれない。
#13 アニマ
・冒頭の入り方から興味を持たれたのだが、読み進めていく内に流れとして分かり辛い表現も出て来て首を傾げる所が幾つかあった。それでも話の全体的な流れや内容は掴めたが、読了しても結局の所、首を傾げてしまう印象。異国のような雰囲気と怪奇的な要素を出す表現は相俟って、話の魅力になっていると思う。場所や人や動物など様々なものがあやふやで奇妙な世界を表す描き方にしたとすれば正解な言い回しでもあるが、解決しない言い回しでもある為に不燃焼感も否めない。何故を挙げれば切りのないような話なので避けるが、『夏。線香。』のフレーズは二度繰り返され、漂うような話の雰囲気をより強調させる為に使用したのかなと感じた。最後の“私”である者が誰かという想像を分散させる表現にされた為、見方によってはそこでまた一つゆらゆらと話が漂って終わる、ある意味一貫された締め方ではあった。