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#1 小野くんは芥川賞をとる

賞を獲った小野くんを見て、苦々しく思っている友達のユナを、さらに冷静に観察している主人公という構図になっている。遠近法的に言うと、小野くんが最も遠い位置にいて、学校の生徒たちがそれよりも手前、そしてユナはすぐ近くにいるという感じか。この作品は、そういう、対象との距離の遠近感があって面白いなと思う。現実の場合も、そういう遠近感によって相手のことを捉えていることがあるよな、と。
ただし前半部分の文章に、不備というかわかりづらい部分がいくつかあった。
例えば「彼の後ろ姿を見上げた」というのは、檀上に上がる後ろ姿ということかもしれないが、これだけじゃよく分からない。
「行き場のない気持ちを弄んで」という部分についても、自分の気持ちに対して「弄ぶ」という言葉は使わないんじゃないかと思う。
そして、「友達のミカコ」というのも読み進んでいけば主人公の友達ということが分かるが、その部分にさしかかった時点では誰の友達なのか分からない。


#2 ポタージュ

(予選の感想と同じです)
結婚相手の女性を、世間への体裁のためのものとしか考えないという話は、戦前とか明治時代の話みたいだなと思ったが、後半はゲームの話に突入して急に現代的になってしまう。そのギャップが少し面白いなと思ったし、ゲームの中の世界という、現実とは別の世界が途中から展開されるという構成も面白いと思う。
それから、主人公とその夫はどちらも愛することに不器用で、お互いにお互いのことを貶めるようなことばかりするのだけれど、最後に落ちるところまで落ちたところでやっと気持ちが通じ合うという――お決まりの流れではあるけれど、焼け野原に花が咲いたような気分になれて、悪くないなと思う。
あと、「豆腐を噛むような気持ちで金を使い」という表現がよく分からない。歯ごたえの無い→実感のない金の使い方?


#3 ケンタウロスと詩人

ほぼ登場人物二人の会話だけで進行する構成。詩人がケンタウロスにからんできたり、愚痴をこぼしたりするという、それだけの内容(広がりがない内容)に思える。何か物語が欲しい。


#4 ホットケーキ

子どものようなかわいい部分のある母がお金で辛い思いをして、そのかわいさが曇ってしまったという話か。よく分からないのは、母が理由もよく分からないまま祖母の借金の保証人になってしまったこと。親子の関係にあるのなら尚更、その理由を是が非でも問いただすのが普通だと思う。あるいは、この二人の間には何か特別な関係性や感情があったために、理由を聞かないまま母が保証人になったのかもしれないが、だとしたらそのことを説明しないと、なぜそうなのか分からない妙な話になってしまうのではないか。
あと、細かい部分のことだが、「私は酷く胸が苦しくなった」というのはちょっと分かりにくい表現だし、「仕事から帰って早々」は誰が仕事から帰ったのか分からない。
内容に関しては、借金というとても現実的な問題を扱っていて、その惨めさや、やるせなさみたいなものは感じ取るとこができたし、そういう意図は理解できた。


#5 そんな君。そんな私。

(予選の感想と同じです)
希薄な付き合いが細々と続いていくというのが通信制ならでは、ということなのだろうか。しかしそんな中でも、誕生日が偶然同じだったり、不意に性行為のお願いされるといった、突発的に火が燃え上がるような瞬間が描かれていて面白い。野生動物が交尾の機会を逃さないよう必死になる姿を思わせる。
しかし、最後の終わり方がいまいちだった。1000文字まで来てしまったからとりあえず終わらせた、というふうに見えてしまう。
あと、岩西さんの感想を読んで気づいたのだが、たしかに途中から古川が市川変わっている。私は気づかなかったので普通に読めたが、気づいていたら少し気分が冷めてしまっただろうなと思う。


#6 玉砕トライアングル

あらすじのような、人物設定のようなものを書いただけで終わっている。もっと言葉を使って物語を書くべきだろう。


#7 五日目。

目的の分からない奇妙な仕事。しかし現実の仕事でも、末端部分の仕事になると、いったい何のためにそれが必要なのか分からないまま作業をするという場合があるし、そうなると、もはや仕事というのはお金を得るためだけの行為になってしまうだろう。この作品は、そういう、目的を奪われた仕事の虚しさや危うさみたいなものを表現したかったのだろうか。
構成については、実際の仕事を描いた部分が少なくて、説明が若干多い気がする。仕事を始めた五日間のことを書くのなら、そっちの方の分量を多くすべきじゃないのか。


#8 健常

正直言って不愉快な内容だった。

障害者でもないのに車椅子を使ったら「差別だ」と言いがかりを付けられる、と勝手に想定して、あえて敵作る。(仮想の敵を作り、相手が理不尽な批判をしてくるという印象を持たせることで、自分の主張を正当化させる――そのための地ならし)

揚げ足を取る人間を勝手に想定して攻撃し、批判してくる人間をあらかじめ牽制する。

「健常者に馬鹿にされた、健常者は傲慢だ」と、主人公を攻撃してくる障害者をまた勝手に想定して障害者を攻撃。

健常者と障害者を区別する定義の曖昧さを拡大解釈して、特別扱いはゆるされないという方向に話を向けようとする。(ちなみに、障害等級を認定する国の基準はちゃんとある http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/rousai/syogai.html

主人公がいると言っているズルい障害者を例に持ち出して、障害者全体の印象に結び付けようとする。

「障害者ばかりが優遇される理由は無い」と言って、特別扱いはゆるされないという主張を強化し、さらに「優遇」という言葉によって、健常者より得をしているズルい連中だという印象を持たせ、敵意を煽る。

再び、主人公がいると言っているズルい障害者を例に持ち出して、むしろ彼らは健常者を差別しているという論理の飛躍を行い、自分のほうこそ被害者だと言わんばかりに自己の主張を正当化する。

大体以上のような論理の展開になっていると思うが、これらは、差別を正当化するときに良く使われる論法だろう。
全体的に見ると、直接的に差別するような発言は巧く避けられているが、〈障害者はズルい〉という印象を持たせることで、差別的な偏った考え方の一般化を図り、遠まわしに差別を正当化するという印象操作を行っている。(〈偏り→一般化→正当化〉)。
最も差別的と思われる箇所は「障害者ばかりが優遇される理由は無い」という箇所であり、直接的な差別表現ではないため一つの意見として見過ごされてしまう可能性もあるが、要するに障害者を助けるために税金を使うな→障害者は切り捨てて構わない、と言っているのに等しい発言である。助けが必要な障害者に対して、国が税金を使うなどの手助けをしなくなったら、障害者はまともに生きていけなくなる可能性があるが、それでも構わないと考えるのは、実質的に障害者を社会から分離して排除するという考えを支持することであり、これは明確な差別である。
そして、この作品に出てくる「優遇」という言葉は、障害者を差別する側の視点だけで捉えられた(偏った認識に基づく)言葉であり、当の障害者の視点を意図的に、巧妙に排除して、ここでも差別を行う側の視点があたかも普通の視点であるかのように〈偏り→一般化→正当化〉の操作が行われている。
それに「障害者ばかりが優遇」という認識がそもそもの誤りなのであり、そのことを前提にして話を進めること自体が間違いだ。障害を持っている人は誰かの助けがなければ社会生活を上手く送れなかったり、生きていけなかったりするのだから、国や社会が必要な手助けをするのは「優遇」ではなく、国や社会として当然やるべきことだろう。そのことは憲法第25条の「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」という形でも保証されているし、この文言の中に出てくる「国民」には、もちろん障害者も、そしてこの作品の主人公(日本国民であるなら)も含まれている。

私が思うのは、この作品の主人公は、障害者の立場や気持ちを、自分の身に置き換えて考えてみるべきだということ。
もし自分の家族の誰かが障害を持っていたり、自分自身が障害を負って、誰かの助けがないとどうにもならない状況になってしまったとき、「障害者ばかりが優遇される理由は無い。健常者と同じ扱いをされたいなら頑張って歩けばいいのにそれをしようとしない」などと言われたらどんな気持ちがするだろう?


#9 粃

雰囲気はそれなりに出ていると思うが、昔の文学っぽい雰囲気を取り入れてみただけのように見える。当然意図的にそうしたのだろうと思うが、それ以上の何かがないと物足りないと思う。


#10 自画像

前半は〈若さ〉がテーマで、後半は〈芸術家の個性〉のようなものがテーマになっている。とくにこの2つのテーマには繋がりはないように思えるのだが、どうしてテーマを2つに分けて書いたのだろう? 結局何が言いたいのか、テーマを2つ設けたことによりぼやけてしまっているように思える。
それから前半の、なすことがなければ若さに意味はないといった主張や、後半の、個性を出すことの難しさみたいなことは、よく言われるようなありがちな考え方だろう。小説として書くのであれば、そこをどう超えていくかということを書くべきではないのか。


#11 森を統べる

(予選の感想と同じです)
〈毒=知恵〉というと、旧約聖書に出てくるアダムとイブが食べた禁断の果実がある。旧約聖書では禁断の果実を食べたことにより、人が生まれながらにして持っている罪である〈原罪〉を抱えてしまうという話になっている。http://european-style.net/adam-eve-story/
一方の『森を統べる』のほうでは、毒のある樹皮を食べることは決して禁じられているわけではなく(毒が強いので食べ方には注意を要するみたいだが)、むしろ知恵をつけるために代々食べ続けているといった話になっている。旧約聖書の〈原罪(=毒)〉は、信仰により克服されなければならないものとされているが、『森を統べる』のほうは、毒も一つの重要な糧として受け入れており、〈毒〉に対する捉え方が決定的に違う。あるいは旧約聖書の話が西洋的だとすれば、『森を統べる』の話は東洋的だとも言えるだろう。
こうした旧約聖書との対比を考えるととても興味深い内容ではあるけれど、作品としては、物語の設定を書いただけで終わっており、物語の肉付けのようなものがほとんどなされていないため少し物足りない感じがしてしまう。


#12 いないいない

家族を失った男が、部屋の中に家族の幻影のようなものを感じながら眠るという話か。最後の方まで読むとどういう話なのかが分かるが、途中までは話が分かりにくくて、要領を得ない感じがする。
一つ一つの描写が上手くて魅力的だけれど、描写が多すぎて、物語がその描写の中に埋もれており、なんだかバランスが悪い気がする。


#14 家

一つ一つの文章を短く切るという書き方。妙なリズム感が出たり、文章を切るときに言葉を投げてくるような効果はあると思う。しかし、あえてそうする必要があったのかは疑問だ。
内容については、妻の両親や、自分の置かれている状況に対する愚痴がベースになっていて、それを少しコミカルに書こうとしているのかなと思った。しかし途中で、ねじに白髪が絡んでいるという奇妙な場面もあり、結局どこへ向かおうとしているのかよく分からない部分もある。
全体的に未完成な印象。

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