仮掲示板

第60期作品の感想

こんにちは。僭越ながら、感想を書きました。
今期は曠野氏やるるるぶ☆どっくちゃん氏の作品がありませんが、憂慮すべきこととまでは言えないのではないかと思います。

#1 四十五円
自分は四十五円の賽銭を入れたこともないのに始終御縁があることは、この作品を読むとありうることだと思える。三人の交錯する場面は交通事故の場面しかないのだが、この作品にはそれは必要なく、過不足のない仕上がりになっていると思う。
ただ、三点リーダの多用は、記号に描写を頼ることは、小説らしくない。

#2 大きな三角定規
何もない空間に唯一存在する三角定規を手にした主人公が、それを研ぎ澄ましながら人間の皮を剥いで三角形にしようと考える物語。絶対安全という極限状態では、人間は危険さえも希求してしまうものなのだろうか。
しかし研ぎ澄まされた三角定規と墜落死は、あまりに飛躍しすぎてはいないだろうか。墜落死を選ぶまでの推移がほしい。

#3 ジンジャエール
ちぃちゃんがとても健気な子に見えた。作者にその意図があったとすれば、それには成功していると言って良い。色キチガイと噂される親、それを何の意にも介さない母親、それをひとり罪と感じて黙して背負い続けるちぃちゃん。どんなに女子からの人気があっても、自分はそれを受けるのにそぐわない人間だと、そう凝り固まっていそうに思える。
この物語で私がわからなかったのは、最後の段落の「気付いているのかも知れない」。恐らく「ちぃちゃんが」であるが、「何に」気づいたのだろうか。

#4 地図
地図にできごとを書き込んでひとつの形とするという発想は面白い。主人公の主観は、物語とは、記すべきこととは、自分と他者との接触にあるとするものなのだろう。だから他者との接触のない家では物語が紡がれないのだろうと、そう思った。
物語の書き方は、上手とは言えないと思う。第二段落、「そこにこそ、ぼくの長い物語が書かれていたはずなのに」以降に他の場所を挙げることによって、主人公の家に対する思索が散逸してしまったように見受けられる。そして第三段落の「その音階の隙間にも小林さんの物語はひそんでいるのだろうか」だが、他人の物語に想いを馳せるのであれば、もう少し描写が必要だと思う。その意図がなければ、この一文は浮いているように見える。

#5 蜜柑
前期の『硝子の虫』にも同じことが言えるが、感傷に過ぎてついていけない。蜜柑を思い浮かべた途端に涙が零れてしまうことと、蜜柑のパックを前にして醜い自分と思うことのふたつについてそう思い、特に後者についてはその理由がない。
また、八月の終わりに街に赤色があることや、陽だまり色という言葉を用いることのセンスがわからない。物語にはなっている、描写もわかりやすい、とするとこれらのことは描き過ぎということなのだろうか。

#6 スラムダンク
勢いだけで書いていて、それ以外が欠如しているように見える。主人公の一人称を例に挙げると、「僕(ハンニャ)」が最初の二回、中盤にかけては「僕」、会話文とシャチ破裂以降は「おれ」と、書き分けとも思えない使い方になっている。また、プラスチックの蓋が閉まっているはずの部屋に生ゴミを投げつけたり、場面がよくわからなかったりもする。
ただ、はちきれんばかりの勢いがあることには間違いない。その矛先は、題名にまで溢れている。

#7 金魚ガ笑ウ
小説と言うよりも、大正浪漫な詩に見える。詩は小説よりも自由だから、だから殴りっぱなしでも良さそうだ。

#8 ピアスの青年
場面の切り取り方としては、上手いと思う。逆に言うと、連載の途中の一話に見えた。
誰とも打ち解けようとしない一樹が、どうして早紀と会って早い段階で穏やかな表情を見せたのかが、私には疑問に思えた。

#9 カニャークマリの夜
回想部分について、語り口が安定していないせいか、視点が揺らいでいるように思えた。さらに細かいことを言えば、三つある括弧書きはすべて括弧書きである必要はない。
ハル子という登場人物については本作でわかり、その点では良い描写だと思うのだが、思い返してみると、殺人の容疑がかけられている割には緊張感のない話であると思う。

#10 図書館の思い出
精神に異常をきたした主人公の妄想だと思うのだが、この主人公はいつからそのようになってしまったのかが気になる。ただしこのことは、作中で語られる必要のないことである。そろそろネタ切れだろうか、本作で語られているのは「悪」ではなく「罪」である。
「言葉の意味を自分で調べようともしない幼稚ごっこ」の表現は、「ごっこ」とすると意図的にそうしていると読めるので、適当でない表現だと思う。とそう書いたら、感想書きへの批判のようにも見えたが、気のせいだろう。

#11 短編第59期参加作家へのオマージュ
オマージュと言う名のコラージュ。ランダムに取り込んで作った技量には敬服する。前期の作品番号と本作での使用箇所を挙げると、
1.インターホンを押しまくりたい気分
2.瓶のコーラを一気に半分飲んで
3.「立派ネ」
4.「勝新太郎みたい」
5.甲子園へ行くんだ
6.子供が枝をなげつけているのを見た
7.車椅子の老人をめがけて
8.死神が人間だったらこんな顔で近づいてくるだろう
9.「A」「U」と叫んでいる
10.花火の音が聴こえていたが(「聞く」とすべき)
11.姉が顔を出す
12.大きな犬を連れていた
13.おっさん4人がバドミントンをしている
14.「埼玉だよ」
15.テディベアの目覚まし
16.教師が子供を閉じ込めて・俺は教師の気持ちがわかった
17.「ね、ご飯食べよ?」
18.女と絵を観にいった(この前後一帯)
19.「携帯に水晶が宿ってるのよ、美しいでしょう?」
20.ひまわりが俺のほうをみていた
21.カメレオン野郎から金をふんだくるようにして取って
22.ブードゥー!
24.「こわい話をするわ」と言った
25.切り落とした指を犬に食わせる
26.俺は女にキスしようとした
27.山中ザウルスの優勝会見のあと
と、『ナガレ』だけが見当たらなかったのは見落としているからだろうか。

#12 悪戯好きな彼女
必要なことは書かれているはずなのだが、それを読み取れずにいる。それは、「驚いた僕を見て、笑う仁美の姿が浮かんだ」の一文のため。別れを切り出すのに悪戯を用いるのは良い。しかしそのときに笑っていられるのだろうか。そう思うとこの一文は今朝のことではないように見えて、そうすると全体の時系列がわからなくなってしまう。
「2002年 十月八日」の年号だけ漢数字にしていないのは、漢数字に統一しようとしたがどのようにすれば良いのかわからなくなってしまったためと思われる。これは「二〇〇二年十月八日」で良いはずである。

#13 続 こわい話
裏にしてあることを表にしてしまうと大したものではなくなってしまう、という表現をどこかで聞いた覚えがあるが、まさにそれをしてしまっている。前作が見られてしまうかもしれない恐怖という「裏」であったことに対し、本作は見られてしまったという「表」である。それはそれで恐怖には違いないが、並べることによってのみ陳腐化してしまうもので、だから並べて良いものとは思えない。
ではあるが、本作の真の恐怖は最後の一文であり、それまでのふたつの話はその前段に過ぎない。その店から女主人公の私生活が覗かれている恐怖こそが真の恐怖なのだが、トイレのドアまで見えると言えば、それはありえないことなのだが、伝わりやすかったかもしれない。

#14 擬装☆少女 千字一時物語14
状況がまったくわからなかったのだが、梅田氏と佐々原氏の感想を読んで、オレっ娘の発想に行き着いた。
それでも偶像の意味はわからず、やはり何なのかわからない。

#15 赤いマリオネット
蟲惑的な表現が良い。
これは語られるべきものかどうかは確信が持てないが、最後の一文が何を示唆しているのかがわからなかった。あるいは、死の呼び声なのかもしれない。

#16 少年たちは薔薇と百合を求めて
オチはアニメ版『七人のナナ』。
この種の作品に意味など求めてはならないが、指摘すべき点はあると思う。これは私だけの考えでしかなさそうだが、登場人物たちには性別の概念が必要なく、ゆえに性欲という言葉はあってはならないように思う。それから、「同じ顔の人間が少なくとも六人」の直後に六つ子と断定してしまったのは失敗だと思われる。

#17 海を見ていた(1000字版)
現実に何の意味も見い出せない少年の物語。意味を見い出せなくても現実を生きなければならないことも理解していて、だから母の手伝いをしようと声をかけた。
浜辺に誰かが待っていたことは、いつのことであるのかが気になる。過去の憧憬か、未来の夢想か、それによって最初の段落がいつのことであるのかが違ってくると思う。いずれにしても、白馬の王子様を信じているタイプなのだろうか。

#18 公園の
物語としては良い。特に「お前を泣かすようなくだらないやつのことなんか聞きたくないよ」の一言は秀逸。これによって彼女が泣いている理由の自由度が確保されている。
しかし、書き方は甘いと言わざるを得ない。なぜならば、視点がどこにあるのかに揺らぎがあるからである。主語を「彼」と「彼女」としているが、視点は彼のものだろう。そのことには問題はない。そうであるならば、最初の一文にも主語をつけるべきであるし、最後の一文で彼女の心境をわかっていることのように表現することは避けるべきである。そこに視点の揺らぎが見えた。

#19 T・B
fengshuang氏の作品には抜けるような青い空が似合う。それ以外にどのように作品を表現すれば良いのかは、思い浮かばない。T・Bという名前のセンスすら、青い空に溶けてしまう。
最初に祖父という言葉を用いておきながら回想中におじいさん、おばあさんとしていたことは正しくないと思われる。

#20 天使の絵が描かれたカード
真新しい指輪、他の家族ではなく主人公の手にあるカード、それらが二人の関係を明瞭に描写している。そうではあるが、居合わせていてもよさそうな他の家族はどこに行ってしまったのだろうかと疑問に思った。
主人公の視点に徹していて、ドラマ性は非常に高い。表現したいことは、確実に伝えられている。欲を言えば、「だけど、今、『コイツは俺と共にあるっ!』」は「だけど、『今、コイツは俺と共にあるっ!』」として、この瞬間がそうあることを強調すべきだと思う。

#21 「人がゴミのようだ」と彼の人は云いました。
大学生が人であり勤め人が蟻であるとする、その理由が描けているようには見えない。勤め人を蟻のようだと表現することだけならば悪くない。しかし大学生を人とすることも述べたのであれば、その理由がしっかりしていない限り、勤め人を軽蔑する印象になってしまう。
気になる表現は、「各人の女王の意思の下に」と女王が複数人存在しているとしたことである。その後が「働き、稼ぐ」として、稼ぐという仕事における上役のためではない行動を併記しているため、この一文は難しい。難しいのではあるが、この解釈がどうであっても物語の読み方には影響しない。
題名も良くわからないが、『天空の城ラピュタ』からの引用であるとすれば、それは失敗。

#22 The perfect world
暑いと直接書かれていないのに暑い場所だと感じさせる描写は、上手いと思う。それだけに、主人公の行動の理由が、その暗い想念が読めなかったことが、残念に思う。ただ、「死者を食らう」の表現は上手くないと思う。「屍体を喰らう」までおぞましさを高めて良かったと、私は思った。
びろうどのハンケチも麻のハンケチも嫌だと、どちらも触ったことはないが、そう思った。

#23 保険金詐欺と呼ばれ親指も保険金も失った春に
素寒貧が裏庭を持っているとはこれ如何に、ということから始まって、感覚が現実から数歩くらい外れている世界観が描写され続ける。不条理ならば面白おかしく、という方向性でもなさそうに思え、どのように読めば良いのか私はわからずにいる。
「呟きは、質問ではなく、単なる鳴き声なのだ」の表現は、使う場面を選ぶが上手いものだと思った。

#24 女たちと古い本
宇加谷氏の作品の登場人物には風流を感じさせる人が多く、木村もまたそれかと第一段落の描写から少々食傷気味に思ったのだが、最後まで読んでそれに納得した。
現実味よりも懐古的なものを感じるのは、間違いだろうか。

#25 旅、馬、東、そして西
西部開拓時代にありそうな言葉だと思った。「東には、故郷」はどちらかと言えば冒頭の「北に行けば、忘却。南にいけば、楽園。西に行けば、開拓」につながりそうで、「北には酒場、南には女、西には宝」にはつながらなさそうに見えるが、どうだろうか。そしてこれを言う登場人物が馬である理由も、あまりよく見えなかった。さらに、題名に登場する東と西の順番は逆であるべきだと思う。
批判ばかりを述べたが、悪い作品ではないという印象を持った。

#26 ビルの狭間でかえる童心
歯形が残るほどの残酷な噛み方をするとは、よほどの感情の爆発だったのだと思った。物語として必要なことはすべて描かれている。だから状況がしっかりわかるのであるが、半面作品としての強烈さは持てなかった感がある。
読者にとってはどうでも良いことなのだろうが、三人の苗字が考えられた上でつけられたもののように思える。

#27 575
夢オチと読んでみたが、確証があってのことではない。
キリストをウェルギリウスに噛ませてしまう名僧ザビエルは、きっとキリスト教徒ではないのだろう。

#28 ごっつぁんです
横綱がいてもキスを敢行しようとした主人公はマニュアル人間なのだろうかと、好印象は持てなかった。しかもそれに対して猫だましのキスをする彼女は、そんな彼の心情を見抜いていたらしい。ご都合主義に見えないこともない。
しかしそう思わなければ、「遠慮がちに睨んでみた」という描写など、きちんと描かれた物語だと思う。ただ、「泥だらけの背中に手刀を切る」の表現はわからなかった。

#29 藻屑
主人公がその目線に気づいた途端に深海魚たちが行動を開始したという都合の良さから、本作は心理描写だと思われる。悪夢のようなそれがどのような心理から現れたものかはわからないが、その極限状態にあってワカメを引きちぎって食べるのは上手いと思う。

#30 彼方
主人公は神経質なほどに豊かな感受性を持っていて、そのために必ずしも自分のせいでないペットの死を自分のせいとして、好奇心を押さえ込んでしまったものだと思った。祖母の死にも責任を感じ、そのために彼女の飼っていた金魚を引きとるという、それまでの態度とは矛盾した行動を取ったと見えた。
この主人公が救われる日が来ることを、私は願う。

#31 サラサラの髪
描写が足りないのだと思う。このままでは怖い話であること、女性が霊であることを疑わざるを得ない。女性の髪は、しっとりしているこの天気では風になびかないと見るべきかもしれないが、あるいはそこだけに吹いた風になびいたのかもしれない。他の人がそれを気にも留めなかったのは、それに注目しなかっただけだったかもしれない。雨がやんだのに傘を差し続けて歩くことは、それほど変わったことではないように思える。そうすると、これは果たして何なのか、わからないのである。

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