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 「雪」とは何であるのかと考えて、私が得た推測は、死にゆく体が冷えていく様を雪上に倒れたときに例えた、というものでした。

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真夏の雪(題名が思いつかなかったのでそのまま、ということは題名は作品に合っていて良いものなのだろう)

 真夏のある日の夜中、僕はこの大都会で最も夜景が美しいと言われる超高層ビルの屋上に上っていた。星は空にあるものではない。愚かな人間たちが残らず地上に引きずりおろしてしまった。僕に眠りを許さないたくさんの光は今、ひとつのぼんやりとした光となって見えていた。
 もう嫌だ、生きているのが。嬉しくない、楽しくない、何ひとつ。悲しみしか生まないこの世界に生きている意味なんて、ない。世界が死んでしまえば良いと、みんな消えてしまえば良いと、ずっと思っていた。けれどそれは……、そう思っている自分ひとり死にさえすれば、いとも簡単に消えてしまう。だから僕は、この世界にさよならをする。
 ビルの縁から光に向かって、つま先だけで軽く跳躍した。一瞬の浮遊感の後、僕の体は風を纏って光へと飛び込んでいった。走馬灯などといったものは、僕にはなかった。思い返すべき人も、思い出したいことも、僕にはなかったということだろう。ただ、風が僕の苦しみも痛みもすべて流れる光に変えて洗い落としてくれるようで、心地良かった。流れ飛ぶ光の群れが増えて視界が白くぼやけてきて、やがて視覚だけでなく僕のすべての感覚が真っ白に染まった。
 ――冷たいものが、手に触れた。手だけでなく、顔にも腹にも脚にも、体一面に触れていた。目の前は白くて何も見えないが、それは手ごたえのない柔らかいもののようで、触れているところから体の火照りが冷まされていくかのようだった。それが何であるのか、僕は記憶を手繰った。
(……雪?)
 さっきまでここに雪は降っていなかったはずだ。今は真夏で、たとえ真冬だったととしても、この大都会に雪が積もることなどないはずだ。おかしい。けれど、今触れているものについて、僕は雪以外の答えを導き出せなかった。
 目を開いても何も見えない。耳を澄ませても何も聞こえない。指を動かしても何の感触もない。ただ一面の雪だけで、それ以外には何もない。何もなければ、何も思う必要も理由もない。悲しみも苦しみも痛みも、ここならば生きたものは何ひとつないだろう。生きていたものはすべて、雪に埋もれて消えたのだ。世界は今ここに死に、僕の望みはここに叶ったのだ。
 そして次第に冷たいという感覚も失われていく。悲しみも苦しみも痛みも何ひとつないこの雪に、僕も同化させてもらえそうだ。
「ああ、気持ち……いい……」
 世界の死と同時に、僕も死ぬ。僕は今、とても幸せだ……

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 少なくとも、qbc氏の感想にあった観察眼と、ei氏の感想にあった面白さは失われていると思いますが、これが『真夏の雪』に対する私の解釈です。主人公の壊れた感覚だけで描くことで、幻覚であると書かずに幻覚を見せようとしてみました。

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