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第72期、それをしているのはso far氏だけではなくて、もぐら氏もやっていたことに今さら気づいて、読み返した次第です。『万の灯りの中で』の改変、言われてみれば氏のやらない方向のものに思えますが、伝わるものは十分にありました。登場人物を使い捨てないことということがどのようにしてなされるべきかということの、ひとつの例なのだと思いました。
それから、so far氏の第72期の三つ目、『外は大降りの雨だった』の二次創作ですが、特に『2』の方で、こういう読み方もあるのだと、良し悪しを考える以上に、してやられたと大変面白く思いました。

第71期の『ビューティフル・ネーム』に続き、名前という面白くできそうな題材を採りながら惜しくも面白いところまで行き着けなかった感のある『私の無くした名前と愛のしるし』、ずっと改変をしたく思っていましたが上手くできず、それでもこの題材を埋めてしまうことがもったいないと思うことから投稿してしまいます。
本当はこの作品のように、違う名前で呼ばれて汚されているけれど本当は親の愛のしるしである別の名前があってそれがあれば耐えられる、という話にしたかったのですが三回くらい考えてもそれができず、こんなありがちな形になってしまいました。

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愛のしるし、名前

 私の名前を、しわがれた声が呼ぶ。
「恵美里、こっちへ来なさい」
 呼ばれるままに、私は祖父の腕の中に納まる。私の全身をなめるように撫でまわしながら、祖父は何度も私の名前を呼ぶ。私がどう答えようと、祖父の手も声も止まることはなく、変わることもない。両親は、それをただ見ているだけだ。その両親に祖父は口の端を吊り上げた笑みを見せて、飽きた玩具を捨てるように私を放す。
 私は祖父が嫌いだ。私のことを何度も呼んで、何度も撫でて、それなのに本当は私のことなどまるで見ていない。両親も嫌いだ。私が祖父を嫌っていることを知っていて、それなのに生け贄を捧げるように私を祖父のなすがままに任せる。その両親がつけ、祖父が呼ぶこの恵美里という名前を捨てて別の人間になりたいと、私はいつも願っていた。
 眠れない夜は、ホットミルクが良い。私はただ眠ろうとすることを諦めて、台所に足を向けた。向こう側の居間の戸の隙間からは、まだ光が漏れていた。そこから声も漏れてきて、私の耳に届いた。
「お父さん、あの子は私たちの娘です。ですから、私たちがつけた名前を」
「名前は恵美里に決めてやったろう」
「あの子は綺沙羅です。綺沙羅を私たちに返してください。あの子の親は、私たちなんです」
「何を馬鹿な。そのお前の親の言うことが、聞けないとでも言うのか」
 綺沙羅、それが私の本当の名前……? 私は吸い寄せられたかのように、居間の戸を開けた。
「恵美里っ!」
 老人とは思えない瞬発力で、両親が呼び慣れない名を呼ぶよりも速く、祖父は私に飛びついてきた。
「恵美里、恵美里、恵美里えみりエミリ……」
 狂ったようにその名前を呼ぶ祖父を、私は力いっぱい振り払った。加減などできず、祖父は床に転がった。
「私は綺沙羅、恵美里じゃない違うのよ、違う違う違う違う違うっ!」
 私を見上げた祖父の、私でないものを見るような目は、私が初めて見たものだった。それは当然のことで、もう私は恵美里という祖父の玩具ではなかった。両親は静かに、綺沙羅という漢字とその字に込めた想いを教えてくれた。私は初めて愛されることを知った。
 私は自分のためにいれるはずだったホットミルクを、祖父のためにいれてあげた。家族を恐怖で意のままに支配することにしか生きがいを見出せなかった、哀れな老人。祖父の背を撫でると、ホットミルクの温かさがじわじわと伝わってきた。私は祖父には優しくしてあげようと決めた。

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名前とは親がくれた最初の愛なのです、とどこかの漫画で見たような言葉を言ってみたくて。

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