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 自作解説はもうやりません。作者にとっても読者にとっても野暮なことですから。
 投稿作品を「作り変え」る「遊び」は私もやってしまっていますが、そうすることで「同じ桜を眺めている気」になれたりしますから、たとえ解説がなくても、そして私の書いたものでなくても、「遊んで」みていいんじゃないかと思います。



「贋作 桜の樹の上には(遊び)」(文字数・980)


 私の目が見えなくなる。医者がそう言っている。その声がだんだん消えていく。私はひいおじいちゃんの事を考えていた。おじいちゃんも目が見えない人だった。おじいちゃんの手は老人のわりに温かく、でも老人だからか「メードーだ」という変な口癖を持っていた。
 実家を出て二十年。連絡も取らず、結局一度も帰らないまま。失明する前にこの目に焼きつけよう。帰りの電車を待つ間にそう決心し、そのままの勢いで寝台列車に乗り込む。隣の鼾で起きたのが深夜。寝るのを諦めてカーテンを開くと、外は真っ暗だった。じっとその暗闇を見ていたら、急に胸が締めつけられるみたいに痛んだ。

 少女が深夜、蒲団から抜け出して庭に出る。他の者は寝静まり、外は月明かりのない闇の中。少女は古い桜の樹の下に立つ。この少女は私だ。夢遊病なのだ。少女ははっとして、すぐに体を強張らせる。目が覚めたんだ。ああ、行ってあげたい。でも、体が動かない。
「メードーだ!」
 そうだ。何も見えなくて震えていた私を、あの時おじいちゃんが救ってくれたのだ。大きなかさかさの手で。私は不思議だった。おじいちゃんも目が見えないのに、どうして恐くないんだろう。暗いのは嫌だ。さびしい。私は、おじいちゃんのようにはなれない。

 列車は止まっていた。結局眠ったみたいだ。列車を降りる。
 実家を独りで守ってきた父は、夜遊び好きな娘が朝帰りしたのを迎えるかのように、私に接した。私はたちまち「父の娘」に戻っていた。不思議だ。私の部屋は、緊急回避的に持ち込まれたものはあったものの、それをどかせばあの頃のままだった。私は親不孝娘らしく毎日何もしないで過ごし、何もしないのでよく眠った。おい、いずれ目は見えなくなるぞ。さあ、どうするんだ。そんなことを考えていると、すぐ眠くなる。
「桜が咲きましたよ」
 お手伝いさんの声に目を覚ます。はい、と返事をした途端、目が見えなくなった。
 私は走った。桜の下と思われる方向へ。花の香りがしるべになった。やさしい香り。おじいちゃん。おじいちゃん。私は叫んだ。
「メードーだ!」

 桜は、きっとおじいちゃんが咲かせてくれたのだ。なんだか愛しい。二十年間、この家もこの桜も嫌いだったのに。
「目、見えなくなった」
 お手伝いさんが慌てて家に引っ込むのを聞きながら、私は、おじいちゃんが好きだったという高砂を口ずさんでいた。楽しかった。

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