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#1 私の存在

「彼」とは犬なのだろうか。もし相手が人間だとしたら、見捨てていくことはあり得ないと思うので、たぶん犬か何かの動物なのだろう。でも、「彼」がどういう存在なのかをはっきりさせないような書き方をあえてしているようにも思えるので、もしかしたら人間の子どもかもしれないし、そういう、人間と動物を区別しないような書き方にこそ意味が込められているのかもしれない。もし戦場のような極限状態に置かれていたとしたら、人間であれ何であれ、見捨てるしかないことだってあるだろう。
作品の書き方に関しては、自分の無力さを表現しているだけという印象。人間は時に無力を痛感させられることがあるのは確かだけれど、ただそれを表現するだけでは物足りない。ただ無力なだけではいけないからこそ、あえて物語を書こうとするのではないのか。


#2 蝉の声

あまり共感できる話ではないが、養子にもらった子どもを可愛く思えない親というのもあるのかもしれないなとは思う。しかし、そうであったとしても、「不幸」な気持ちになるまでには何らかの心の葛藤はあったはずなので、その部分も書くべきだったんじゃないだろか。そうでないと、ただの救いのない話にしかならないし、なんだか悲しい。


#3 世界人類に平和が訪れるなら。

「世界人類が平和でありますように」と書かれた看板は実際によく見かけることがあり、宗教的な活動の一環として設置されているものらしい。しかし、そのことは別にして、この言葉を突然目にしたときの漠然とした壮大さのイメージと、自分の置かれている日常とのギャップというのは確かにあると思う。
この語り手の良いところは、自分の存在の小ささを認めているところだと思うが、ちょっと卑屈な部分や、恨みがましい部分に未熟さを感じてしまう(まあ、他人のことは言えないが)。そして最後の方に出てくる「あわよくば、世界人類に幸あれ。」が、その未熟さに対する言い訳っぽく見えてしまう。存在が小さかろうが、未熟だろうが、それを受け入れてくれる世界こそが平和な世界だと思うが。


#4 パパ

人を殺す意味や重さが今一つ伝わってこない。主人公の絶望感は、相手を殺すに値するものだったのかもしれないが、なぜ実際に殺すことに至ったのかという部分が見えてこない。なんとなく異常性を描いてみたという印象の作品。


#5 夢?

悪い夢から覚めて現実に安堵するという話か。どんなに怖い夢を見ても、目が覚めて現実に安堵できるのは幸せなことだと思う。現実の世界にうんざりしていたら、また違った気持ちになるだろうから。
作品の内容に関しては、いわゆる夢オチというよくある構成。それはそれでいい(その構成を基本にする)としても、もう少しひねりが欲しいところ。


#6 四郎

(予選の感想と同じです)
記号化ブーム?
理不尽なことばかり押し付けられているにも関わらず、文句も言わずただ状況を受け入れていくという、主人公の異常な愚直さに惹きつけられるものがある。しかし主人公の愚直さはどこか異常であるため、その愚直さを単なる同情や共感で片づけることもできない。そしてこの作品は昔話風の話になっているが、よくある昔話のようにどこかに話が落ち着くわけではなく、主人公の異常さ(過剰さ)がどんどん際立っていくという展開になっている。その趣旨は理解できるのだが、結局最後まで主人公は記号化の世界に囚われたままになっている感じがして、そこがちょっと腑に落ちない。記号化はあくまでも表現の手段であって、目的ではないと思うからだ。この作品は、物語を記号化することが目的になってしまっているように見える。


#7 訪問

少しだけ小説の体裁をとったエッセイという印象。
しかし、内容に関しては共感できる部分が多い。久しぶりに会った子どもに「大きくなったねえ」と言いたくなる気持ちは分かるし、子どもの頃はそのセリフに少しうんざりしていたこともあったような気がする。なので共感はできるのだけど、もう少し踏み込んだ考察や、さらなる展開が欲しいところ。この作品では、誰でも考えそうな範囲のことしか語られていないように見える。


#8 誰も話さなくなった日の終わり

基本的には詩で、それを小説風に書いたという印象。
「気を抜いたら凍ってしまいそう」や「今の私は冷えが、例えスチールにでも染みていくという事実を受け入れることが出来なかった」などの部分は詩的だし、独自性を感じさせるものがある。しかし全体的には、孤独な心境を表現したものだろうということは分かるのだが、内面的な言葉をぽつぽつと語るだけで、何の話なのかがよく分からない。
もう少し、読んだ人にどう伝わるかということを考えながら文章を書くべきだろう。


#9 虫のこと

(予選の感想と同じです)
会社の中で精神的に行き詰っているような心理を描いたものか。
言葉の端々から「行き詰り感」みたいなものが表現されている点はいいと思う。でも、作りが粗い部分がかなり目立っていて、それがマイナスになってしまう。
冒頭の第1節は三人称なのに、第2節から急に一人称的になってしまうため読んでいると混乱してしまうし、第2節から第5節までの会話文のような部分では、いったい誰が誰に話をしているのかよく分からなくなってしまう。最後の方まで読めば、会話文の構成や全体の構成がどうなっているのかもなんとなく分かってくるのだが、あまり親切な書き方だとは言えないだろう。


#10 家族

日常的な雰囲気が表現されているところは好きなのだけれど、ただありふれた会話が進んでいくだけで、とくに惹きつけられる部分がなかった。日常的なものを書くときは、その背後に何か物語を想像させるようなものがないと面白くないんじゃないかと思う(この作品を読みながら思った)。
それから、冒頭部分に出てくる「妻のカナコ」というのは、シンスケの妻なのかリョウスケの妻なのか分かりづらい書き方になっている。あと、会話文についても、男性の方の会話は誰が話しているのか分かりづらい。


#11 リリーはキツネのリュックになる

(予選の感想と同じです)
すごくいいと思う。しかし感想を書くのが難しい作品でもあるので、とりあえず思いついたことを書きたい。
リリーさんや目玉という不思議なキャラクターがよく描けているし、彼らが、人間の業のようなものを引き受けるという、醜く悲しい存在であることも大きな魅力になっている。私なんかは『妖怪人間ベム』を思い浮かべたのだが、それと似た悲哀がある一方で、最後、災難を引き受けたアクセサリーの持ち主に会いに行くという終わり方に、とても爽やかなものを感じた。


#13 アニマ

夏の終わりの寂しさを思わせるような雰囲気は悪くないと思う(今が夏の終わりだからそう感じるだけかもしれないが)。
しかし内容は、「アニマ」というタイトルの意味そのままだなと思った。「アニマ」というのは、男性の中にいる女性といった意味のもので、作品を読むと幻想的な女性が、主人公である男の前に現れたりするので、タイトルのまんまだなと。あるいは、「アニマ」という言葉の意味から想像を膨らませて書いた物語ということかもしれないが、もしそうだとするなら、その意味を超える何かが欲しいところ。

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