第98期 #6
都心から少し外れた町の片隅に、〈セブン〉という小さなbarがあった。近くには製紙原料問屋があり、そこに出入りするチリ紙交換を生業とする男どもが、ここ〈セブン〉の常連客だ。ときはチリ交全盛期も終焉間近の昭和六十年代前半のこと。
店のママは四十代のひとり身で、色黒の小柄な女だった。小太りのせいか、実際の年齢よりも少し若く見える。客どもはならず者が多かったが、中でもママが一番面倒をみていたのが、ヤマという五十になる風変わりな男だった。ヤマは家賃三千円の古いアパートに住み込み、会社の軽トラを借りて毎日古紙を集めている。集めるのは古新聞、古雑誌、ボロ布など。古新聞はそのまま金になるし、古雑誌は文庫本やエロ本が主なので、古本屋に持ち込めばいい値で売れる。だがヤマにとって都合が良かったのはボロ布である。これは古着なども多く、自分のサイズに合えばそのまま着ればいい。いわゆるデモノと言われるものだ。ヤマは気に入ったデモノを身に纏い、その日に稼いだ金を持って〈セブン〉へ行く。そして店では饒舌になり、ママを相手にいろんな話をした。他愛もない話題で盛り上がる。だがいつでもママは楽しそうにヤマの話を聞いていた。また酔うとヤマはわけが分からなくなり、ところかまわず小便を垂れ流す妙な癖があった。それでもママは嫌な顔一つせずに下の世話をする。これには回りのチリ交連中はおもしろくない。ときにヤマは同業者たちに袋叩きにされることもある。が、血だらけになっているヤマを優しく介抱するのも、やっぱりママだった。
いつでも自分を気にかけてくれる人がいる。きっとそれだけでヤマは幸せだったに違いない。
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それから数年後、市場では紙の値が下がり始めると、チリ交から足を洗う者も後を絶たなかった。そんなあるとき、ヤマが死んだ。会社の古紙を圧縮する機械に巻き込まれ、その小さな体は無残にも潰されたのだ。酒に酔って機械の近くで寝ていたという説がもっとも有力と判断された。
ヤマが死んで間もなくのことである。〈セブン〉のママが赤ん坊を産み落とした。回りでは、あれはきっとヤマの子だと噂する声もあったが、真相は定かでない。というのも、子を産むと同時に、ママはその町から消えたからだ。
現在、〈セブン〉があった場所には洒落た美容院が店を構えている。もちろん、ここにはチリ交連中の姿はない。