第95期 #27

不仲と買い物

 近所のスーパーのバイトを辞めてから、三ヶ月が過ぎようとしていた。そして今日は、ちょっとした気の迷いで、その元バイト先に一人の客として買い物に来ている。
 もう辞めたといえど、いやむしろ辞めたからこそ、元バイト先に行くというのは気乗りしないものだが、今日は少し気分が違った。ちょっとおかしかったと言ったほうが正確かもしれない。
 とにかく、来てしまったものは仕方ない。客観的に見れば品揃えは豊富だったし、ロケーション的にも自分からしてみればなかなか良かったので、来たからには色々買い込んでおこうと意気込み、売り場に向かった。
 知ってるバイト仲間は、まだまだ店に残っていた。たまに目が合えば適当に会釈をしつつ、買い物を進めていく。そうしていると、突然自分の後ろから大きな声が聞こえてきた。
「何よ、買おうが買うまいが客の自由でしょ!」
 女性の声。そして、あまりの大声に店中の空気が一瞬停止した。
 自分も例には漏れず、そこで手が止まり、そのまま声がするほうに顔だけを向けた。
「ですから、冷蔵品はデリケートな商品でございますので、長時間取り出した状態でまた戻していただくというのは……」
 そこにいた店員は、知ってる顔だった。元バイト仲間。お世辞にも仲がいいとは言えなかったが。
「そんなの、知らないわよ。だったらそのまま買えっての? 商品を買う権利も買わない権利も客にあるんだから、要らないのに買うとか、冗談じゃないわ」
「お言葉ですが、我々にだってちゃんとした商品を提供する義務がありまして」
「なに、私の戻した商品がちゃんとしてないとでも言うつもり?」
「いえ、そういうことではなく……」
『そいつ』の言葉遣いはまだ丁寧なほうだったが、話していくにつれ、明らかに苛立っている様子がわかった。思わず、傍にいた別の元バイト仲間に声をかける。
「店長、呼んだほうがよくない?」
「ああ、もう別の人が呼びに行ったよ」
「……そっか」
 話しているうちに店長が駆けつけ、すぐさまそいつに頭を下げさせた。その態度からして、まだ納得こそしていない様子ではあったが、頭を下げたということもあり、一応事態は収束した。
 そいつとは性格的に合わず、バイトを辞めるまで相容れなかったけれど、今回ばかりは同情した。
 去り際にその女性が吐き捨てるように「ちゃんとやりなさいよ」と言ったときには、そいつはまた睨みつけかけたが、店長がすぐ気づき、諌めていた。



Copyright © 2010 謙悟 / 編集: 短編