第95期 #14

『生首灯籠』

 見えるのではない。感じるのである。
 幼い頃から恐怖が在った。静けさの中に、連なる灯火の群れ。祭囃子が尾を引いて途切れた其の後にさえ、焔の輪郭は残った。此処は稲荷神社だからと、友人の間で噂に聞いたことがある。狐の神様が人間世界に窓を開ける。炎を纏う狐面の舞い、幼い頃のわたしたちはそれを狐火と呼んで畏れた。子どもながらの、怪談話にもならぬ他愛なき空想である。
 苔生した小さな階段を上り、石畳を歩くと、記憶の果てからそれは浮かび上がってくるのであった。あの頃、わたしたちは夜の境内のその風景を、決して直視してなどいなかった。感じていたのである。瓦礫とも見紛いそうな灯籠の陰から、埃の立つ物見櫓の麓から、石畳を挟む木陰の奥から、得体の知れない闇が流れ込んでくるのを感じていたのだ。だから怖かった。けれども今はどうだろう。光が差さぬだけの暗がりは陳腐に見える。視界が届かぬだけで、其処に人外の存在を感じることも無い。かつて身の毛を弥立たせた葉を揺らす夜風さえ、今では心地のいい酔い覚ましの良薬である。脳裏に閉じこもった恐怖とやらは、石畳に連なる灯籠を眺めても蘇ることは無かった。何故だろう。見えぬ、感じえぬ。白日の下、照明の中でもいい、瞼を閉じても光を感じることが出来る。そんな感覚に近い。無数の灯籠の前を横切ろうとも、感じるのは、仄かな温みと、数多の視線だけである。
 わたしは一本の灯籠の前で立止った。

 あるいは。
 わたしは一部始終を見ていた。泥に塗れたスーツ姿の男が、石畳に現れ、ふらふらと歩んでくるのを。両脇に並んだ友たちが、男の覚束ない足取りを見、けらけらと笑っている。蒼い焔に、黄色の焔、燐光に包まれた友の生首の笑みを久方ぶりに見る気がする。男は、わたしの前に立ち、そうっと腕を突き出してきた。

 境内に棲むのは、生首灯籠。人の首を乗せた、奇怪なる妖かしである。それを教えてくれたのは、矢張りかつての友人たちであった。そう、何時ぞや夏祭りで知り合った、懐かしき友。
 目の前にある灯籠は誰の首か。既知。わたしが捜し求めていたもの。焔の中でわらう生首は、誰でもない自分のものだ。思考などはせず、見えるのでもない、感じるのだ。

 わたしは男の両掌に挟まれ、脳も持たず、彷徨を続けていた己の胴の上に乗らんと焔を離れる。頭上に輝った星の煌きを、眼球が捉えた。
 わたしは佇み、今漸く首を傾け、星々を見るのである。



Copyright © 2010 石川楡井 / 編集: 短編