第95期 #1
太陽が眩しいと感じた青年は、長めの髪を隠す様に上着のフードを深く被った。山の斜面を足早に降りる。繁茂した草木が青年を避けたが、彼はそれを正常と誤解していた。
彼の名はエンディミオン。山頂で目覚めた彼には記憶がない。己が誰かも解らない。だがまだ見ぬ宿命は感じていた。
青年が山を降りた時、麓で猿と邂逅する。猿は鼻筋の通った彼の顔を称え、貴方の美名が欲しいと懇願した。
青年は名前の代わりに何かを耳打ちした後、猿に聞く。
「知ってるか? 天国では皆、海の話をする」
*
アメリカ・ネバダ州南部にある空軍基地。ジョン博士はエリア51の地下研究施設に召集されていた。南極で発見された物体を調査する為に。
それにしても離婚間近のローズと仕事するのは気まずい。防護服に身を包む妻を見てジョンは憂鬱になる。
密閉された研究室中央の座席。そこには骸骨が鎮座していた。多数の機器と助手達に囲まれる中、エンドスケルトンと名付けられた骸骨は一見模型にも見える。
「ただの模型、じゃないのよね」
国防総省から派遣された妻が夫に聞いた。
「CTスキャンを始め様々な検査をしたが、これは水晶に似た未知の物質で出来てる」
「まるでSFね。他には?」
「破壊は不可能。そして驚くな、この骸骨は生きてる」
「生きてる?」
「ああ。なぜか生体反応があるんだ。骨なのに笑える」
モニタリング機器。コードが繋がった骸骨。ジョンは眺めながら自嘲気味に笑った。
「まるで眠ってるみたい」
ローズがそう呟いた時、異変は起こった。
「天国なんてない」
誰かが叫ぶと同時に、機器が異常な数値や波形を示した。周囲の助手達も次々パニックに陥る。
「……扉……嫌!」
「……エン……」
「天国? 黙れ!」
「海だ。ハハハ」
涎を垂らし壁を叩く者。頭を抱える者。叫ぶ者と笑い狂う者。ジョンとローズも例外ではない。
「なん……幻覚? 糞、耳が!」
「あなた、ごめんなさい」
ローズの涙。
骸骨が輝き出す。
そして浮遊する。
腕を広げ天を仰ぐ。
光は強さを増した。
「本当は私――」
ジョンが最後に見たのは、彼が愛した妻の泣き顔。
光が全てを包んだ。
*
青年は草原で目を覚ました。
何処からか飛んできた小鳥が彼の肩に止まる。
青年が囁くと、彼女は海を目指して飛び立った。
「天国では皆、海の話をしてるんだ」