第94期 #7

スピード

 朝。いつもと同じように家を出たおれは通学路の途中でUFOにさらわれて中にいたウシ型の宇宙人に改造され、気がつけば屋上に1人、体中からは緑色の粘液がドロドロと流れ出ている。突然の出来事に頭が真っ白になって大声をあげた、つもりが何を言っても「ブクブク」と泡の出る音しか聞こえない。あ、もうおれ、人間じゃない。緑色の粘液を出す人っぽいの何かだ。なんだよ畜生。あのウシ型。まだキスもしたことないのに。どうすりゃいいんだよ。
 たぶん、どうにもならない。体中ぬるぬるだし、しゃべれないし、それよりなにより、こうしてる今も人間が喰いたくて仕方がない。耳の穴から取り出したばかりの新鮮な脳みそをさっと湯でくぐらせた後、おろしポン酢でおいしくいただきたい衝動を抑えることが難しい。今はまだある程度理性保ってられるから、何とか白子ポン酢で我慢できそうだけど、何時間かしたらきっと完全に理性を失って本能の赴くままに殺戮を繰り返すマシーンと化し、何人も殺しておいしくいただいた挙句とっ捕まって、隅々まで研究材料にされ、軍事利用、途上国における代理戦争に用いられて、100万都市がまるごと緑色のぬるぬるだらけになるのが映画とかでよくあるパターンなので、なんとか阻止しなければならない。いっそ死ぬか。
 よし、死のう!2秒で決断。即断即決、一度決めたら曲げないのがおれの忍道。飛び降り自殺を選択すべくフェンスを乗り越えようと試みるが、粘液がぬるぬるでフェンスを上手く登ることができない。なんだよ畜生!一瞬心が折れかけたがよく見るとおれの触ったところだけフェンスが春雨みたいにパリパリ。強く押してみたら簡単に崩れ落ちた。すげーな粘液!この粘液、頭皮に丸く塗ったあと上に髪の毛ひっぱったら頭「パカッ」って開いて、脳みそ取り出すのに使えそう。粘液案外機能的。やるじゃん、ウシ型!
 でも今のおれには関係ない。おれは死ぬのだ。死なねばならぬ。さよなら人生。大好きだったあのこ。大嫌いだった英語の長文読解とも今日でおさらば。アイキャンフライ!おれは飛び降りる。吹き抜ける風を頬で感じ、過去の思い出が走馬灯のように巡り、気がつくとまたおれはUFOの中、ウシ型のあいつが「驚かせてごめんなさい実はあなたたち人類に他人を思いやる博愛の心があるのか試したのです人類はは合格しました」とか言ってるエーうっそーマジ信じらんなーい地面。



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