第94期 #5
不意に身を寄せられて言葉に詰まる。
私はこの女には見合うまい。凛としつんと尖り、なのにふわふわと柔らかい。
鼻先に香る色香は、濡れた妖しい花弁にも似て。
「お待ち申し上げておりました」
「私をか」
「はい」
私の目に映る女はにこりと一つ微笑み、私の鎖骨にその純白い指先を添えた。何と甘やかな行為だろうか。歯止めが利かなくなりそうで怖くなる。
「どうして私なのか」
「さて、それは私にも分かりませぬ」
「分からぬのに、身を委ねるのか」
「はい、想いに理屈は要りませぬ故」
何とも素直な女だ。こういう極上の女を手にしたいと思うが、如何せん私は所詮ゴロツキの類。
女の凛とした清純さや漂う色香には見合わぬのだ。だがそれでも、と女は身を寄せる。何とも愛い女だと吐息が漏れた。
「貴方様は私がお嫌いですか」
「何を言うか」
「お答え下さい」
「それを私に言わせるか。私は悪党、お前はお嬢、それでもか」
「はい」
言葉に詰まり視線を背ける。言葉にしてしまえば、きっとこの女は迷いもなく全てを捨てるだろう。それだけ想われていると知っている。だからこそ、告げてはならぬ想いがある。
「身分の違いに何ぞ意味がありましょうや。私は女、そして貴方は男。それが真理ではございませぬか」
女の声が小さく震えた。思わず女を見詰めると、女は瞳に涙を溜めて俯いていた。その表情の美しさはきっと私にしか知り得ぬ。いや、決して他の誰かになんぞ知られとうないのだ。
「それが真理なら、お前は家すら捨てると言うか」
「とうに覚悟は決めております」
鼻先をくすぐる色香。それは少しずつ私の心を侵食していく。私の葛藤なんぞ、この女は考えてもおらぬ。
この女は、私に愛されることが全てだとあっさり言い切るのだ。
何と強く儚い愛の形だろうか。相手に身も心も委ねるという、あまりにも無防備な愛し方。
「愛しております」
女の指先は鎖骨から胸元へついと走り、更に私に身を委ねた。つん、と汗の香りがした。何と甘い、そして何と官能的な香りか。
顔を見ると、そこには純粋で妖しい女が蛇のように哂っていた。
私は女の魅力に囚われたのだと悟った。
女は花、水面にふわふわ揺れながら、私の手元に流れた。