第94期 #23

天地無用

 誰カガチャント、見テテクレルカラ--。


遠い遠い雲の向こうから、やおら構えた男は静かに覗く。ファインダーを覗く。指を掛けたシャッター。小さな世界。小さな箱の中。甘い甘いみつ豆の世界。
 ピントを合わす。浅い被写体深度。ぼやけた空間。輪郭線の浮かび上がる。甘垂れたシロップの中、寒天が泳ぐ。ナタデココが泳ぐ。茶色の小さなまあるい豆は、裸の僕ら、膝を抱えた「人間」だった。

梅雨日の空は曇天だった。歩く赤子。伴う赤犬。ふたりを繋ぐ緑のロープ=さくらんぼ。
 小糠雨で煙る視界。霧とコンクリの道路に挟まれた。低空靄がさまよい歩く。
 犬は地面に鼻着け歩く。腰を丸める。赤子ポッケからビニール袋を取り出す。袋の中には紙。紙は広告。犬がしたそれをほやんと包む。雨広告に滲みていく。袋に入れて一回転させ口を結ぶ。
 雨が強くなった。急いで帰る。軒の下、濡れた丸い足をぬぐう。青いポリバケツのゴミ箱あけて、持って帰った袋を捨てた。

そこはサラリーマン達が歩く場所。地面が動く。地面が揺れる。カラス飛び交う。交わす鳴き声。ゴミの溢れる色彩豊かな街。ソラがアいた。空がひらいて、黒いあんこ落ちてきた。
 世界は混沌、一つの場所に数多の物。一方向の道を逝く。これは私のカネだから。これは私のカネだから。
 流れる地面。踊るパフォーマー。ダンスで全てを攪拌する。桃。パイナップル。蜜柑もいっしょでいい。目深にかぶったシルクハット。ラジカセから音楽。

 「ハラへった。ハラへったよ。
  ぼくの愛を、五つ食べられるかい?
  ほかのじゃやあよ。ほかのじゃやあよ。ふたりのあんみつがいいよ」


 ピピッ(レリーズ)―――。


……音が消えた。暗闇。なにも見えない聞こえない――。

遠くから、かすかに、乾いた音が、聞こえてくる。壁に共鳴する。ハイヒールを履く、女の足音。
 女は階段を下りる。手には白いエクスペリア。肘からヴィトン下げてツイッターを覗く。タッチパネルを撫でる。誤感知して画面が下へ一気にスクロールする。
 女はそこに激しく回るスロットを見た。女そこに巡り回るルーレットを見た。無数のつぶやき。甘いゴミ屑の波が押し寄せる。
 不意に足取られる。ぐるり世界が回る。天地無常。化粧品飛び交う。階段の角眼前に迫る。


 ピピッ(レリーズ)―――パシャッ。


 ・・・君モ、ゴミ箱ノ中ダト思ッテタ?
 ダイジョウブ。ドンナ結末ニナロウトモ、最後マデボクラ、看ラレテンダ。



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