第93期 #28
ろくに世間に興味を持たないまま、白髪混じりになる年齢まで来てしまった。だから知らないうちに大きく変わった世の中に驚かされてしまう。
遊びに来た親戚の子が「おっちゃん、食べる?」と言ってお菓子を差し出してくる。だが受け取った瞬間、俺は短い悲鳴をあげてそれを放り出した。
渡されたのはクマの形をしたクッキー。だが恐ろしいことに、透明のパッケージに封入されているクッキーが、ゆさゆさと手を左右に振っているのだ。
真っ青になった俺を見て、子供はげらげらと笑う。その子の親は、謝りつつも愉快さを隠し切れない表情で説明をする。
「すみませんねえ。新しく出た、動くクッキーですよ。今、すごい流行ってて」
「そんなものが食えるのか」
「大丈夫ですよ。ほら、パッケージ開ければ動きは止まりますし。それに動きも機械的でしょ」
そう言いながら、毒見でもするように動物のクッキーをかじり、こちらにも一枚差し出してくる。俺はしかめっ面で首を振った。
それからしばらくたったある日。親戚の子が持ってきた新製品を見て、俺の眉間の皺はさらに深くなった。
袋を開けると、中からペンギン型のマシュマロがぴょこんと飛び出す。そして子供の手の上で、翼を振って楽しげに踊り始めた。
子供はそれを見せびらかしながら、期待に満ちた目でこちらを見つめる。だが険しい顔を浮かべただけの俺にがっかりして、無造作にマシュマロにかじりついた。上半身を食いちぎられたペンギンは、手の上でばたりと倒れて動かなくなる。
「どうして普通のお菓子を買わないんだ」
「普通って?」
まったく理解できないように聞き返される。俺は嫌な予感に襲われ、すぐに近所のスーパーへと走った。
数十年ぶりに訪れたお菓子売り場は一変していた。並べられた色とりどりの菓子は、すべて動物の形をしており、ただ一つの例外もなく動いている。俺はうめき声とともにうずくまった。
「浮世離れした生活を送ってるからですよ。なにがカルチャーショックですか。恥ずかしい」
迎えに来た親戚からそう説教される。あの動く菓子に馴染めないのは俺だけらしい。
すぐ横では親戚の子が、おもちゃの鉄砲でヒツジ型のビスケットを狙い撃つ。ヒツジは真っ赤なジャムを体に散らせて動かなくなり、子供はそれをうまそうにかじった。
「ひどい時代だ。昔は動く物を食べたりしなかったのに」
俺がそう呟くと、親戚はなぜか呆れた顔で見つめてきたのだった。