第91期 #7

教育実習

 朝の教室に男子が一人。平岡崇、十四歳。ホームルーム前の談笑に加わることもなく、彼は顔の前で両手を握り合わせ祈るような格好で思案していた。あれは、担当するクラス順に並んでいたのか。それとも単に五十音順なのか。
 先ほどの全校朝礼。ステージに教育実習生が並んでいた。彼らの一人がこの後やってくるはずだった。
――かしわぎれいこさんは、何組なのか……
 要するに崇は実習生のお姉さんに一目惚れしたのだ。
 ガラガラとドアが開いて担任が入ってくる。普段は授業中でも姦しい教室が、今日に限ってはシンと静まり返った。関心を寄せているのは崇一人ではない。果たして続いて入ってきたのは……、
――神よ!
 元の体勢のまま崇は本当に祈った。緊張の面差しで、しかし口元に微笑を浮かべて、入ってきたのは柏木玲子。崇の思い人だ。クラスが色めき立つ。主に男子が色めき立つ。
 担任の紹介を受けて、彼女は挨拶を始めた。
「○×大学から来ました、柏木玲子です。数学を担当します。これから三週間……」
 崇の進路が決まった。年の差など恋する男には関係ない。だが困ったことに数学は苦手だった。
――だけど今日かられいこさんと恋の二次方程式を
 とかなんとか考えるくらい苦手だった。
「先生、彼氏いるんですか?」
 挨拶が終わると、手を挙げて女子が言った。
「こら、お前……」
「いいじゃん」
「しかしなぁ……」
 なめられた担任は無力だった。
「先生彼氏は?」
 再び聞かれて、玲子は苦笑とともに答えた。
「いません」
 響めく教室。高鳴る崇の心臓。
「はーい、静かに。出席取りますよ。いいかな?」
 担任の時とは真逆に、生徒達は素直に従った。玲子は出欠簿をすらすらと読み上げ、いつもより元気のいい返事が続く。崇は思う。ここは勝負所だ。どう返事するかで僕らの未来が決まるのだ。
 名前と返事がテンポよく繰り返され、崇に順番が近づく。そうだ、一か八かあの手で行こう。
 崇が決意を固めた時だった。凛とした思い人の声は、有らぬ名前を呼んだ。
「平岡、タタリくん」
 一瞬の間を置いて、教室は爆笑に包まれた。
――祟?
 呆気に取られる崇に、まるで祟り神にでもそうするように玲子は手を合わせた。
「あ、ごめんなさい。ええと、ソウくん?」
 再び爆笑。強烈な第一印象は残せたが、直後から崇のあだ名は「タタリ」になり、目聡い女子が「好きな人にタタリって呼ばれるなんて」と笑い出し、崇の三十分の恋は冷めた。



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