第91期 #5
後悔先に立たずって、知ってる?
例えば勢いで大学を辞めて就活で地獄を見たり。小学生の頃好きだったサッちゃんのハンカチを盗んだままで、しかも俺はこれから自殺をするから、後悔したまま一生返せないってのもそれだ。つーわけで「どうぞ自殺して下さい」って言ってるような陰気臭い雑居ビルから飛び降りようと、俺は薄暗くて汚ねぇ階段を登ってる。
あっさり屋上に着くと、流石場末のウンコビル。先客だ。そいつも俺に気づいて振り返ってきたけど、おい、お前は死んじゃダメってな位、国宝級の美人だろ。何でこんなとこに?と思った瞬間、至福の天使な声で俺に話しかけてきた。
「貴方もでしょ?すぐ死ぬから。」
「おい待て。」
折角の美人が台無しだぜ?一先ず自分の事は棚に上げて、この天使の自殺は阻止しようと、俺は最後の努力をする事に決めた。後悔先に立たず。
「何?」
「お前、人生幾らでもやり直せるツラしてんだろ。鏡見ろ。」
「美人が必ずしも得って訳じゃない。」
「あー、レイプか?それとも枕営業でも強要されたか?」
「されたわね。」
「まぁな、お前の顔とその体じゃ、男なら誰でもヤリてぇよ。」
「汚れたから死にたいの。」
オッケーよく判った。説得モード、オン。
「判ったよ。でも死ぬ前に、一つお願いしたい事がある。」
「何?死ぬ前にヌいてとかはお断りよ。」
「ちげーよ。俺はな、単にタバコを吸いに屋上にきただけなの。」
「で?」
「自殺志願者が居ると。いいぜ?ブスなら。でも俺アンタに一目惚れ。死なれたら一生後悔する。お前、その重荷を俺に一生背負わせんのか?」
「随分自己中ね?」
「俺の為に死ぬのを辞めろ。愛してる。死んだら呪う。」
「は?」
「三十分寄越せ。話聞いてやる。つか誰かに似てんな。芸能人?」
「随分上から目線ね。違うわよ。一般人。」
「何が悪い?俺が死ぬなつったら死ぬな。」
「もういいわ。うざい。今日は辞める。」
「随分あっさりだな。お茶でもしようぜ。」
予想以上に呆気無く説得に成功して、俺達は階段を降りる。
「天使ちゃん。名前なんつーの?」
「サチコ。安藤祥子。」
「え?佐野小に居たサッちゃん?」
「そうだけど。あれ、ひょっとしてサトシ君?」
後悔先に立たず。これ最初で最後のチャンスタイムって奴?一先ず、俺も自殺、やめ。ここらで一番美味しい喫茶店へ、彼女を誘う事にした。あの時の綺麗なハンカチのように、俺がその汚れとやらを拭いてやる。もう後悔したくねぇ。