第91期 #3

そこの貴方に少しの安息を

 ふと、泣きたくなる事はありませんか?
 ふと、沈んでしまう時はありませんか?

 安息。そんな言葉を求めている自分に気がつかないフリをして、生きてきた。
 安息。求めても手に入らないものだと、感じていた。

「あなたが死んだら親御さんがどれだけ悲しむとおもっているの?」
小学校の先生が言いました。
「いい?人は誰にだって一つ位、良いところがあるのです。それを皆で見つけあって、助け合っていく事が大切なのです」
中学校の先生が言いました。
「人は一人では生きていけません。ですから、助け合い、協力する事が大切です。それこそ調和というものであり、規律(ルール)を守ってこそ、調和、そして協力が生まれ、一つ一つの絆を皆で大切にしていくことが人間らしい生き方をするために必要であり、正しいことなのです」
高校の先生が言いました。

 仕事が終わって、疲れた体で電車に揺られて、家に帰ってビールを一口。何時もの事なのに今日は、何故か変なことを思い出してしまった。

 一人で上京して、ただ一人目的も見つけられず唯々、黙々と働いて、何一つ取りえの見当たらない私は人間らしくないのでしょうか?
 母は電話のたびに、
「そろそろ結婚を考えたら?誰か相手はいないの?」
そんな事ばかりを言う。
 世間体が何だというんだ。

 安息か…。結婚をしたら手に入るのかな?
 ニュースや新聞を見る限りとてもそうは思えないけど。

そんなことを考える頭をつまみにビールを一口。のどを潤す。

 ふと、泣きたくなる自分がいる。
 
 涙をつまみにビールをもう一口。

 ふと、気分が沈む。

 気分を持ち上げるために、ビールを飲み干す。

 大丈夫。私はまだ生きていける。
 涙も沈んだ気分もつまみにできるのだから…。

  さぁ、たぶん代わり映えのしない明日に…
                 乾杯!

  きっと、何かいいことあるさ。
  私は、新しくあけたビールをぐっと飲み干した。
  
  残暑の中、開けた窓から涼やかな風が一凪ぎ。
  月でウサギが踊っていた。
  私は笑う。静かに、穏やかに。
  すこしだけ、安らげた気がした。



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