第91期 #19
気持ちは挫けて、肌寒い春の夜。栄太、ふり返ることができなかった。
怒りから
立ち出でてみれば
いつかとおなじ
春の夜桜
淡い桜が満開に咲き誇り、街灯のスポットライトを浴びていた。
サユリの春は本当に忙かったから、もう桜みたいにはらほら舞い落ちるように、喜びがこぼれている。それなのに、水を差す栄太の雰囲気に腹が立った。だから蹴っ飛ばした。まるで子供ような。それも幼稚園クラスのやることだ。まあ、春だからだろう。
栄太のひざの裏側あたりか、もっと下のふくらはぎ辺りを思いっきりけってその反動でくるり一回転そのまま、ささっと去っていった。
もろけられ
あわれうつむく桜はな
あしもとほのかに
白くちらし蒔き
もう一撃があるかと身をすくませ。サユリのことをののしりながら振り返らない栄太。
どうしていいのかわからない。なら、誰かの言うとおりにすれば良いのに。聞き分けが悪い。というか、聞く耳持たない。
こんなとき落語なんかでよくある。とんでもない相手に気持ちが向かってしまう。敵討ちに相談したり、税務署に脱税の相談したり。えーと、こんなのいいんでしょうか? 税金はゼロにしたいんですが。
そうすると相手が、税理士だったらああいいんですよ。あたしが判子衝いておけば後輩は何も調べませんから。とか、あれ、……?
こんな話しがあるから、ついつい、赤頭巾ちゃんは狼に相談してしまう。浮気の誤魔化しは相手のラブハーフに相談して。愛し合ってるんだからホント、よく気持ちがわかる。ああ、そうか、大丈夫なんだ。
凍りついた心で足は夢幽、矛遊、誘われるように憎い相手の家の前に立っていた。
がびがびの手で顔をこすったら痛かった。しっかり目をつぶっていても目の周りが痛い。見直しても、タツヤの家だ。
勝手知ったる。そっと忍び込んで……仲の良いときには用も無いのに夜中までやつの部屋にいたもんだ。
狼に相談す、よろしく。栄太は、これから殴るけど。と、あえて聞くつもり。なんと答えるか。そればかり考えている。いってみれば、
百獣の王はウサギを倒す。ときにも、全力で一撃で、しかも、直前に、ウガァーッと、警句発して吹っ飛ばすという。とか云いながら、ねずみには騙されたりするから、猫の王様にちがいがないのだろう。
「なにやってんだ?」
後ろから声をかけられた。タツヤに背後を取られてしまっていたのだ。