第91期 #13

超亜空自転車少女オウデの軽やかなる一日

 オウデちゃんは超亜空自転車少女だ!
 いつも二次元と三次元の境を超自転車グレイプニルで走行している! 今日は何と三次元世界の上空50メートルを軽やかに飛行しているぞ! きこきこ! きこきこ! これは自転車を漕ぐ音だ!
 オウデちゃんは馬鹿でかい角を付けた兜がチャームポイントだ! いっつも角のせいでふらふらしているぞ! その角はなんと二百由旬内の全ての悲鳴を聞くことができるアンテナなのだ! 電波受信!

「堕猫。やかましい」
「しかしオウデちゃん。時代は前衛的なキャラクターを求めているんです。キャラ小説ってのがあるくらいですよ。もっと押し出すべきです」
「うるさい」

 オウデちゃんは灰色の空をきこきこと軽やかに飛行する。遠くの工場地帯の煙が大気に混ざっているのか、変な化学臭がする。化学臭はオウデちゃんの飼い猫、スミス=ミスの造語だ。
 オウデちゃんのサラサラの銀髪が汚れを孕んだ風で波打つ。セーラー服みたいな薄水色のユニフォームも心なしか黒ずんでいる。
 雨の気配もする。

「堕猫、下を見ろ」
「ほい?」
「俯いている人間がいる」

 オウデちゃんが顎で示した先に、ベンチで座ってはぁと溜息をつく若い青年がいた。クリーニングされたスーツをキッチリと着ている。

「あれは何だ」
「青春の悩みよりやや生産的で人生の苦悩よりやや切迫性を欠いたインスタントブルーの青年です」
「意味がわからん」
「彼の年齢は今年で二十三、つまりはそういうこと」
「よくわからんがそれ以上続けてはいけないことだけはわかった」

 オウデちゃんは青年に何かをふりかけた。それは銀色の美しい雪となって青年に落ちる。しかしながら青年はそれに気づかない。見えていないのだ。

「ポリシーだ。スマートに救う」
「何かけたんです?」
「媚薬だ。非生産的なんだろ?」
「いや普通に逆だし重要なのはそこじゃないけど……まぁいいや」
「む、よくよく考えたら相手もいないのに処方をしてしまった」
「まぁいいんじゃないですかね。スッキリしたら賢者になりますよ」

 きこきこ。
 眼下で男が何か卑猥なことを叫びだす。
 オウデちゃんはそれを確認してグレイプニルのギアをトップにいれた。
 きこきこきこきこ。

 鈍色の雲がどこまでも続いている。
 もくもくと、陰鬱なそれを予感させる。
 遠い海岸で赤潮が発生している。


 オウデちゃんは軽やかに飛行を続ける。
 スミス=ミスはもう寝た。
 
 ――それは新春の一風景。 



Copyright © 2010 彼岸堂 / 編集: 短編