第90期 #16
「明日はきっと来ないよ」と呟く声がした。
最近は地球滅亡だとか感染病だとか自然災害だとか、そういったテーマの映画が多いと思う。3D技術とかCGとかそういった類のものは素晴らしい。水で肺が埋め尽くされそうな洪水とか、心臓が潰されそうな緊張感とか、映画の魅力は此処だよなと思ったりする。
日曜日の昼間のテレビでは丁度、先日公開された映画のCMが流れていた。
「映画見たいの?」
「そうじゃない」
「じゃあなに、もうそろそろ地球も世界の終末を迎えちゃう感じ?」
「そんなの誰にも分からないだろ」
じゃあ何で明日はきっと来ないの、と不意に漏れそうになった欠伸を噛み殺しながら聞く。すると、だだをこねる子供のような声が、私の座るテーブルの向こう側から返ってきた。
「毎日おんなじことの繰り返しで、明日は全然真新しくない。だから明日はきっと来ない、ってこと」
テレビ画面を見つめる彼の口の先は、不平を表すようにとんがっている。こんなところだけはいつもの無愛想な態度からは想像もつかないくらいに素直で、つい顔が緩んでしまいそうになる。それが見つかると更に機嫌を損ねてしまうので、いつも必死に噛み殺すのだけれど。
「あら、贅沢者ね。何をしなくても明日は来るって言うのに」
「別に非難されるようなことじゃ、ないだろ」
「つまらないのは君がそう決めつけているからじゃない」
贅沢だよと付け加えると、じゃあもういい加減カレーじゃないものが食べたい、と言って彼はカレーの入っていた容器にスプーンを放り投げた。からんと陶器の音がする。
何をどう間違えたのか、私が、二人暮らしであるというのに五リットルもの大鍋に作ったカレーは、既に三日を経過していた。
「あ、あとちょっとで終わるの! 頑張ってよ、ね」
私一人で食べきれる自信はないし、捨てるのは勿体ない。まさか此処まで掛かると思っていなかったのが大誤算と言うべきか、私も彼もこの三日間、朝昼晩ほぼずっとカレーが主食だったのだ。もちろんお弁当も例外ではない。だが四日を越えてしまうと、さすがにまろやかという表現をするのも苦しいというもので、どうしても彼の協力を仰ぐ必要があった。誰だって三日間も頑張り続けたら最後まで完遂したいと思うに違いない。そんな強迫観念のようなものを思い込んだ私は、ぶすくれた彼の機嫌を取るように慌てて甘えを含ませた声でそう言った。
「贅沢してえな」
勝ち誇ったように呟く声がした。