第88期 #26
はるか彼方、僕達の想像できる距離をはるかに超えた遠方から、遮られる事無く届くそれは奇跡に近い。億万年の時を経て、無限にある中の小さな一つ、この青い星に届いた星の光の瞬きに、涙ぐんでしまうのは何故だろう。既に滅びた星に導かれて、人々は過去から罪と過ちを繰り返してきたのなら、この世の僕も抗えない――。
白いパジャマ姿に肩掛けを羽織った彼女は、ベランダの手摺に手を掛けて暮れの夜空を眺めていた。開けられた窓からは冷たい空気が入ってきた。外はマンションから見下ろす街の光が広がっていた。
彼女は白い息を吐きながら嬉しそうに何かを口ずさんでいた。ベッドの中から顔だけを覗かせた俺は、彼女が何を呟いているのか分からなかった。ただ嬉しそうに暮れの夜空を眺めながら、空に白い息を吐いていた。
雲は無く、夜空は街の光で白く煙っていた。街はイルミネーションに彩られ、幾筋もの真っ直ぐに延びた道路は光がうごめく。時折風に乗ってパトカーのサイレンが聞こえてきた。暮れの夜はいつまでも音の止む事は無かった。
「街の音よ、消えて……」
彼女は呟いた。口から出た言葉は白い言霊となって、空へ溶けていった。段々と、聞こえる街の喧騒はしぼんでいき、街からは何も聞こえなくなった。
「街の光よ、消えて……」
言葉を載せた白い息はまた黒い空に溶けていった。今度は一面にあった街の光が足元からゆっくりと沈んでいった。大地は空と同じ漆黒に包まれた。
段々と暗闇に目が慣れてくると、今度は空に無数の星の光が浮かび始めてきた。瞬く星たちが街を照らしていた。
俺は星空を見て、展望台で告白した時の事を思い出していた。その時口にした、自分の言葉を思い出していた。
外を見ていた彼女が首を向けて訊いた。
「恨んでるの?」
「恨むというより、今は呪ってる」
「呪ってる方も、また呪ったその時から呪縛を掛けられているのよ。知ってた?」
彼女は笑顔を残すと、また星が覗く夜空に顔を向けて暮れの世界を眺めた。
俺は、彼女の背中とほんのり冷気に赤らむ髪の掛かった片頬を、ベッドの中から眺めている。