第88期 #23

ひかり

「水にあふれた砂漠。といった感じじゃったな」
 老人はあひるだかガチョウだかの形をした帽子を被っていた。そしてその隣に座っている子供も同じようにあひるだかガチョウだかの形をした帽子を被っていたのだった。飛べない鳥というものであるのが何か理由になっているようだった。
 脇には執事がいる。執事がいるというのは金があるのだろう。ありあまってやがるのだろう。理髪店で御馴染み赤青白の三色ねじり棒がくるくる回っている。老人は語る。青空に語る。わたしは一代で財をなした。そういう者は大概良い死に方は出来ん。しかしわたしには孫が残っておる。これは僥倖という他無いだろう。
「左様でございます」
 そこへ砂煙をあげてフェラーリがやって来る。ガルウイングがぐばんと開いて中から男が出てきてこう怒鳴る。
「どうゆうことだ誰もいねえじゃねえか。何もねえじゃねえか。これでどうやって映画撮るんだよ」
 三色ねじり棒がくるくる回っている。
 静寂。青空。可視光の周波数は十億から百億に変調出来、それは可視光外の電波やマイクロ波が一から十までほどにしか分類できないのと比べ倍数では同じでも数では九十億違う。
「知ってんだよそんなこと、このくそが!」
 映画監督は三色ねじり棒を蹴っ飛ばす。少年は空を見ている。青空。この青空の色に名をつけることは出来るだろうか。それとも空は空色ということで良いのだろうか。それともやはりただひとつの(数え切れないほどのほぼ同じ内容のポルノ映画と同じように)名が必要なのだろうか。空を見上げるただ一人のあなたと同じように。
 欠損というのはありきたりだ。片腕の無い少女。金の無い詩人。爪の無い指。鍵盤の無いピアノ。あなたの目の前には今、右目が義眼の女がいる。良く出来た義眼なのであなたはそれに気がつかない。自傷というのもありきたりだ。あなたの左手首の十字架。
 これがひかりだよ。
 サンダーマンをご存知だろうか。詩人で作家で音楽家で扇動家で、左手首の十字架。右腕をすうと伸ばして、かみなりにうたれて。
 これが、ひかりだよ。
 雑踏、の中の津波、の幻。ひかり。
 ひかり。
 じゅうじか。じゅうだん。
 でもあなたもじゅうじかをつくったことはあるだろう?
 でもあなたもじゅうだんをつくったことはあるだろう?
 みんな右腕をなくしている。詩人で作家で音楽家で扇動家で、左手首の十字架。右腕をすうと伸ばして、かみなりにうたれたから。
 



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