第88期 #21

転校生

「今なんつった?」
黒崎君の一言でみんな一斉に噴き出し、それぞれに顔を見合せながら笑い合った。
笑わなかったのは、僕だけだった。
中学生活が始まって三ヶ月。
その日の教室は、朝から転校生の話題で持ちきりだった。
新しい環境にも慣れ、みんなも少し退屈を覚え始めてきた、そんな時期での転校生だ。
これからやってくる新しい刺激にみんな浮き足立っていた。
僕も密かに浮き足立つ。
友達ができるかもしれない。
僕にもようやく、友達ができるかもしれない。
教室のドアが開くと、先生に連れられて転校生が入って来た。
男の子だ。
教室中で小声の意見が飛び交う。
彼は、先生に紹介してもらった後に自分の名前を言い、続けてこう言った。
「どうか、いじめないでください」
教室が静かになった。
深刻な顔をする奴、ポカンとする奴、キョロキョロする奴、いろんな奴がいた。
転校生は、沈黙のなか微かに目を泳がせている。
不器用。
彼は不器用な奴なのだと、僕は思った。
でも、その不器用さがむしろ、切実さを物語っている気もして
どうか、彼の願いがクラスのみんなにも伝わってほしい。
気付くと僕はそう願っていた。
でも。
「今なんつった?」
黒崎君が喋ればそれがクラスの空気になる。クラスの結論になる。
みんな笑った。これがクラスの結論だ。
さっき深刻な顔をしていた奴も、今は安心して笑っている。
その後、転校生が自分の席に向かう時に少しつまづいたので笑いが起こった。
体育の時、転校生が跳び箱を失敗したので笑いが起こった。
休み時間にはいつも、黒崎君一派が転校生の席を囲み、ニヤニヤと笑っていた。
下校。
一人で校門へ向かう転校生。そこにも黒崎君は待ち構えている。
僕は我慢できなくなった。
「ねえ、僕と友達にならない?」
彼の後姿に追いつき、僕は声をかけたのだ。
すごく自然に言えたと思った。
「え、何いきなり」
彼は怪訝そうな顔で一歩退いた。
思っていた反応とは違った。
「おーい、早く帰ろうぜ」
まずい、黒崎君だ。
「わりい黒崎。いま変なのに絡まれてんだわ」
え。
転校生は、僕を指さして言った。
「マジかよ。おまえ転入してきた時にちゃんと、いじめないでって言ったのにな」
「ああ、あれは初っ端から滑ったな。あの時のお前のフォロー無かったら絶対いじめられてたよ」
二人は笑い合っていた。
状況がわからない。でも何となく、よかったらしい。
気付けば、僕も笑顔になっていた。
「やべえよ黒崎。なんかこいつ笑ってんぞ」



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