第88期 #1

禁断の完熟メロン

「美味しそう……」

 入院中である俺の見舞いにやって来た妹が、静かにそう呟いた。
 妹の視線の先には、友人から入院見舞いとして貰ったフルーツのバスケットがある。
 床頭台の上に置かれたフルーツバスケットの中には、メロンやバナナやリンゴなど、色とりどりの果物が盛られていた。白を基調とした殺風景な病院の個室において、それは華やかな花のようにも思える。

「なんか食べようか? じゃあ、切っちゃうね」

 俺の返答を聞くまでもなく――妹はメロンにしか興味がないらしい。他の果物には一切手を付けずに、メロンだけを手早く取り出す。
 妹の持つフルーツ用のナイフが、蛍光灯の光りを鈍く反射していた。愛らしく可憐な顔立ちをした彼女とは対照的に、そんな姿はどこか怪しげな印象を与えてくる。
 足を骨折している俺の代わりに、妹はナイフの刃をゆっくりとその実に入れていった。
 ザクッ、じゅっ。というような、豊かな果汁を感じさせるわずかな音がする。
 可愛らしい形をしたメロンが、容易く分断されていく。
 徐々に中身が露わになるメロンに対して、妹は我慢をしきれない様子だ。
 舌で少しばかり唇を舐めていた。
 ――なんだか嫌な予感がする。
 そして……。
 半ば雑に切り分けられたメロンが、皿に乗って俺の前に差し出された。

「はい。これがお兄ちゃんの分で、こっちが私の分」

 切り分ける時に果汁で指がベタついたらしく、妹は猫のように自分の指をペロペロと丁寧に舐めている。
 皿を受け取り見比べてみれば、妹の分の方が形は大きい。明らかに量も多かった。
 だが、既に妹の目の中に宿っている艶やかな色を見ると、俺は何も言う気にはならない……。
 ――皿の上で生け贄のように乗せられた食物(しょくもつ)。彼女はメロンをうっとりと眺めたあと、吐息を放った。
 潤いを滲ませた禁断を思わせる果実が、小さく可愛らしい口の中に次々と運ばれていく。
 つられて俺もメロンに口をつける。

「――ごめんね。これ食べ終わったら、次はお兄ちゃんの食べてあげるから」

 イタズラっぽい微笑を浮かべて、いやらしく俺の物を見つめてくる。
 先ほどメロンを切っていた時と同じように、妹は舌で唇を舐めた。
 嫌な予感が的中した。
 忘れていた禁断という名の感覚が、口の中で果汁の甘みと一緒に徐々に広がっていった。



Copyright © 2010 アンデッド / 編集: 短編