第87期 #35

僕と妹

 妹から借りた西尾維新の本を片手に、僕は彼女の部屋へ行った。ドアを開けると、僕の位置から左斜め四十五度の辺りに、妹がいる。彼女はベッドの上に服を散らかしつつ、一人ファッションショーでもやっているようだ。妹がちらりとこちらを見た。
「ちょっと。部屋入るなら声かけてよ」
「いや、もう出掛けたのだと思って」
「これからなの」
 僕は妹の着替えに無関心を装いつつ、机の横にある本棚のところまで行った。作者順に並んでいる本棚の「に」の段を探し、本を元の場所へ戻す。
「本読んだ。ありがとう」
「んー。他のも読む?」
 妹はてろんとした生地のワンピースを頭からかぶって、もごもごと動いている。
「何冊か借りてく」
 僕は中身も見ないで、「な」の段から本を数冊抜き取った。
「あんまり夜遅くなるなよ」
「うん」
 妹は膝上の黒いワンピースにチェックのタイツを穿いて、着替えを完了したようだ。鏡の前で最終チェックをしている。新しい香水をつけているのか、少し甘い匂い。
「帰る前にメールするね」
 妹の明るい声を聞きつつ、ドアを閉めた。

 この頃、僕は考える。
 例えば、手元にある中原中也の『山羊の歌』。これは僕にとって、まだ読んだこともなく何の思い入れもないただの紙の集合体であるが、妹にとっては違うかもしれない。――恩師に戴いた宝物であったり、少ない小遣いを貯めて買った思い出の品であったり。
 つまり、僕は先程、妹が着替えをしている姿を見て、それと同じではないかと感じてしまったのである。
 久し振りに見た妹の体は、胸や腰の辺りが丸みを帯び、ふっくらと柔らかそうな体になっていた。まさに、女そのものであった。僕にとって「妹」でしかない彼女は、他の男にとっては「女」として性欲の対象に為り得るということだ。
 僕は中二の頃、性欲に目覚めた。勿論、それ以前から性に関しての知識は得ていたが、中学生になってから欲求を持て余すようになり、人と肉体的に触れ合う温かさを知りたくなった。ある夜、僕は眠っている妹の唇に、少しだけ自分の唇を重ねてみた。
 今になって思うのである。僕はどうして、あんなことを、してしまったのだろう。

 今日、おそらく妹は男と会うのだろう。僕と妹は、同じ「家族」という集合体で育ったが、個々人は独立体である。やはり、妹には妹の人生があって、僕には分からないところで、それは進んでいくのだと思う。寂しいことだが、当たり前のことなのである。



Copyright © 2009 初瀬真 / 編集: 短編