第87期 #13

溜息望星

尾玉科甲は住宅街への道を歩いていた、車がやっと通るくらいの裏道には銀行やビルばかりの駅前から、蕎麦屋レストラン、やがて、飲み屋、裏ぶれたサービスの看板と移りゆき、パタと普通の家が始まるようになる。周りがすこし静かになったように感じると胸のつかえを飲み込むように夜空を見上げた。星がきれいだった。
風が強く寒い。月がない夜空にひとつ、強く輝いてる星がニュースでいっていた超新星だろう。
その強い光のようなことがあったのだ。課長に呼ばれ会議室に行ってみたら人事部長が待っていた。
「雰囲気が停滞しているんじゃないか」
いきなり挨拶もなく言い放った。まるで二人して叱責されるようであった。課長がははぁッとかしこまった。科甲は大きく頭を下げた。そのまま、下を向いているしかなかった。
「いやいや、難しいことをいってるんじゃない誰が悪いといってるわけじゃないんだよ」
部長が手の平を返したように愛想良く話を続ける。
「どうだろう? すこし人員を入れ替えたらまたいくらかしゃきっとするじゃなかろうか?」
「はッ、そうです。まさに職場に活気が溢れること間違いありません」課長がもみ手をしながら賛成する。
科甲は頭を下げたまんまだ。
「じつは、な、相談があるんだ。ほらほら、頭を上げてこっちへ来て座ってくれ」
「ははぁッ」課長がすっ飛んで行き、科甲もあとを追った。
「ま、ほかには聞かれたくない話なのよ」
秘密めかしてたのまれたことは、退職社員を決めろということだった。五人位退職してもらいたい。そして、四人か五人を新たに雇う。
たしかにそんな話は聞かれたくないだろう。
科甲だって聞きたくない話だ。
「ぜひ、わたしにおまかせください」課長が言った。「そりゃ、いいアイデアです」
「彼は若いし抜擢されれば全身全霊で仕事に打ち込むでしょう」
「はい! ぜひやらせてください」
結局、科甲はこの一言だけである。

人事課自分の机に戻る途中、課長は
「よろしく頼むよ」と、すべて科甲に押し付けてきた。
どうでもいいような行方の定まらない気持ちが胸に渦巻くばかりだった。借り上げの社宅マンションは住み心地が良かったし、自分は対象じゃないんだから気が楽だ。
郵便受けを覗くと裁判所からの事務連絡が入っていた。
そうだったな、裁判員になればめんどうな仕事から離れていられるな。
エレベーターの扉が開く瞬間ちらっとそんな風のよう想いが吹き込んだが、まったく意識されることなくきえた。



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