第87期 #1

夏の終わりのクリムソン

 軽音楽部のリョウヤが、新しい楽器を買いに行くから次の土曜日つきあってくれと誘ってきた。
 リョウヤの“つきあってくれ”が微妙な含みのある抑揚だったので、私はどう答えていいのか迷った。迷ったあげく迂闊にも首を縦に振ってしまった。
 商店街は土曜日だというのに人通りも疎らで、ほとんどの店がシャッターを閉ざし閑散としていた。なのに足元のカラー舗装は妙に鮮やかで。そのアンバランスさが御伽の国を思わせ、浮かれた私は楽器屋のショーウインドーの前でクルリと素敵なターンをしてみせた。
 楽器屋には様々な楽器が展示されていた。なかには使い方さえ解らない不思議な形をしたものも並んでいた。
「なにを買うの」
「打楽器がいいんだ。楽章の最後に一度だけ打つんだ。心に響くよう」
「これなんてどう」私は銀色をした先の尖った長い棒を手に取ってみせた。
 リョウヤが隣に来る。肩が触れる。リョウヤの温もりが制服越しに伝わってくる。男子ってあったかいんだなと、胸の奥がとくんと鳴った。
「投げ槍って書いてあるぜ」
「ねえ。どうやって使うの」
「解んねえけど、カッコいいからこれに決めた」
「そんなんで決めていいの」心配になったけど横顔がとても嬉しそうだったので、運命に出会えたんだなって思った。
「お礼に何か買ってやるから好きなの選べよ」
 せっかくだから私は長い竹に弦が張られた楽器を選んだ。もちろん割勘で。
「取扱説明書に『けっして人に向けて使用しないで下さい』って書いてあるよ」
「大人ってヤツは、楽しいことほど『やってはいけない』って言うもんさ」
 店を出た私は音色を確かめてみたくなり弦を弾いた。一本しかない長い弦は緩やかに震え悲しげな音色を奏でた。
 私が立ち止まったことに気付かず歩きつづけていたリョウヤが十メートルほど先で振り返った。目が合う。リョウヤの視線は幾万の言葉を尽くしたよりも熱く語っていた。私の瞳もそうだったに違いない。
 私は弦に矢をつがえリョウヤを見据える。
 リョウヤは投擲の姿勢をとった。
 ばらばらだったふたつの呼吸は、やがてひとつに調律され、ふたつの楽器が寒空を振るわせた。それは瞬きすれば消えてしまいそうなほど短いひとときであり、また悠久とも思えるひとときだった。
 確かに響いた。私の心に。きっとリョウヤの胸にも同じように響いたに違いない。
 ふたつの横たわる影の下、カラー舗装はもうひとつの色を追加され夏の残響を見送った。



Copyright © 2009 三毛猫 澪 / 編集: 短編