第86期 #31

ウェルドイット!

 僕のマーチにはドアが一枚ない。
 一応助手席脇を塞ぐジュラルミン版とガラスはある。問題はその四囲が車体とアーク溶接してあること。ドアが壁の軽自動車。歩道から視線を感じることもある。
 車がこうなった理由は簡単、僕の可愛い彼女、真冬が足癖の悪い子なのと何故か溶接に必要な機材を持っていたから。気が短い事も関係している。脚力が強いのも。
 ドア溶接事件の経緯は、半年前に高速道路でたまたま窓を開けていたら、隣を通った半ヘルバイクが、あろうことか僕の助手席に火のついた煙草を放り捨てて来た。ただそれだけ。煙草は彼女お気に入りのチェックのスカートに落ちて、火が消えた代わりに焦げ跡を残した。
 次の瞬間、彼女は顔色一つ変えずに纏う空気だけ鬼神のそれと化して、スカートを翻えらせ僕の僕の僕のマーチのドアにサイドキックをお見舞いしていた。見事ジョイントと鍵を弾いて青空の下へ身を躍らせ、半ヘルをバイクごと一車線吹き飛ばして中央分離帯に叩き付けた可哀想なドア。速度を出していなかったからまだ良かったものの、クソガキもとい半ヘルは打撲や擦過傷を山ほど拵えて泣き喚く羽目になった。悲鳴を上げながら許しを請う二人組を彼女はその名前にふさわしい表情で冷然と見下ろし、静かに言い放った。
「財布」
 結局次のパーキングエリアで免許のコピーをとって脅した挙げ句半ヘルを解放した僕達は、五月晴れの陽気な世界の誘惑に負けてドアを後部座席に突っ込んだままドライブを続行し、何とか警察の目を避けて地元に帰り着いたのだった。
 で、翌日電話で呼び出され駐車場に行ったら彼女が既に溶接を始めていたと。
「綺麗にくっ付くよ、これ」ケラケラ。
 文句を言ったら殺されそうに思えたのと、案外違和感なく仕上がっていたので、僕は彼女の蛮行を半笑いで許すことにした。悲しかったけど。
 彼女が足の裏で蹴り飛ばした箇所は靴の形に凹んでいる。まるで日比谷かブロードウェイみたいだけど、怖いから口に出したことはない。
 チェックのスカートはカツアゲ同然に巻き上げた慰謝料で色違いを手に入れた。灰色のタートルネックに合わせると如何にも大人しげな雰囲気で、ドアを破壊する悪魔には見えない。
 助手席側のドアが開かないから出かける際は先ず彼女が運転席からギアをまたいで乗り込む。その時にスカートの裾から覗く太股や何やらは、言えないけど見栄えが良くて、僕はその時だけ嬉しい気持ちになる。



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