第86期 #29

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 私は完璧な人間ではなかった。それでいつも苦労してきたし、いつも悔しい思いをしてきた。だからこそ、せめて我が子だけにはそんな思いをしてほしくなかった。
 社会に出ても苦労することなく、また悔しい思いをさせないためにも、我が子を社会に出すまでの間に完璧な『作品』にまで仕上げる。ただその一心で、私は自分の身を削ってでもお金を工面し、我が子には小さい頃から幾重にも及ぶ英才教育を積ませてきた。
 我が子には休む暇など決して与えなかった。そんな暇は将来にいくらでも勝ち取らせてあげるからと何度も言い聞かせた。「もう嫌だ」と我が子がいくら泣き喚いても、私は首を縦には振らなかった。もしそこで折れてしまえば、他の人間に置いて行かれる。休むことで何も進歩しないことに対する恐怖が、私に我が子を休ませることを許さなかった。
 私を止める人間も、誰一人としていなかった。夫、というより我が子の父親は、私が我が子をお腹に宿していたときに逃げられてしまったし、私の両親もすでに交通事故で他界していた。そのため、我が子を完璧な『作品』に仕上げなくてはならないというある種の強迫観念は止まることを知らず、我が子への厳しさという形で、日に日にエスカレートしていった。

 そして。

 いつからだろうか、我が子が私を恐れに恐れたあげく、私のもとから離れようとしていたのは。私が我が子のためにと思って施してきた英才教育を、あろうことか我が子は次々と投げ出し始めた。その度に私は何度も何度も我が子を『修正』してきたが、我が子の考え自体はどうやっても変えることができなかった。私が長年の間、自分の身を削ってまで築き上げようとしていたものを、我が子は意地でも崩そうとしていたのだ。
 そのとき私を支配した感情は、今まで私がしてきたことすべてを無駄にされたという、我が子への憎しみとは違った。我が子を完璧な『作品』に仕上げることができないという、焦燥感のほうが勝っていた。
 どうしよう、このままでは完璧な『作品』なんて作り上げられやしない。この『作品』は社会になんて出せない。
 ならどうすればいいのだろうか。この『作品』を社会に出さずに済むには、どうすれば。

 ああそうか、いい方法があった。
 こうすれば、この『作品』が社会に出ることは永久になくなる。

 そうだ、こうすればいいんだ。
 あはは、ははは。
 あはははははは。

 ……。

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