第84期 #24

フリースロー

 始める前に一つだけ。
 話の途中で君は何度か質問を目にするだろう。
 君はその質問に答えてもいいし、答えなくてもいい。
 ただそれはとても他愛のないものなので、深く考えなくていい。
 それじゃあ、始めてみよう。

 君はエレベーターで三階に昇り、そこにある図書館を訪れる。気になった本を一冊抜き出し、適当なテーブル席に腰かける。ふと見ると正面に顔見知りがいて、君達は会釈をし合う。この話の中の君は男子高校生で、顔見知りは同じ学校の女子高校生だ。
 ――ところで君は今何歳だろう? 現役の高校生だとか? それとも高校の頃のことは昔話?
 彼女は参考書とノートを広げている。ノートには細かな文字が記され、矢印やアンダーラインが引かれている。それとなく覗き込むと、ノートの端に描かれたイラストが見えた。ざっくりとした荒い線で描かれた女性の横顔で、味のあると言われそうな、女の子の描く絵としては珍しいタイプのものだった。
 ――君は絵を描くほうだろうか? 子供の頃は描いていただろうか? 描かないのなら、いつから描かなくなったのだろう?
 彼女はノートを覗き込んでいる君に気づいた。持っていたペンを指先でくるりと回し、視線を向けて君に気づいたことを知らせる。
 ――君ならこんなときどんな反応をする?
 彼女はノートの新しいページを開け、そこに荒い線を引いていく。しばらくすると、佇む一人の女性ができ上がる。長い髪と体の線でそれがわかる。両手で丸いものを持っている。ボールのような、しかしそれにしては少し歪な形をしている。歪になったのではなく歪にした丸だった。君が軽く首を傾げると、彼女は丸から矢印を引いてその端に「レタス」と書き、アンダーラインで強調した。
 ――彼女はどんな顔をしていた? ちゃんと笑みをかみ殺せていただろうか?
 彼女は次のページにも女性とレタス、それからバスケットゴールを描いた。女性はシュートを打とうと頭の上にレタスを構えている。膝を曲げ、軽くジャンプ。放たれてバックスピンのかかったレタスが放物線を描き、バスケットゴールに向かっていく。しかしリングに当たり、真上に跳ねる。入るかどうか……というところで彼女は描くのをやめ、パタンとノートを閉じた。口の端を小さく上げて君を見つめる。
 次の質問は彼女の科白と同じだ。
「レタス、入ったと思う?」
 それから最後の質問。
 ――君はこの話から何か意味を見出すだろうか?



Copyright © 2009 多崎籤 / 編集: 短編