第84期 #23
祖父の残した家は山の奥にある。
主の居なくなった家はもう人の訪れることもなかった。畑や田圃も荒れてしまい、どこまでがうちの土地なのか、その目印も今は生い茂った草の中ではっきりとしなかった。手入れのされない山は人も自然の手にも負えなくなる。家も生き物でほおっておくと腐っていく。父はふた月に一回、僕をつれて祖父の家を訪れては家と山の掃除をした。学生の僕が主の居なくなったこの山に通うようになった頃の話だ。
人手のついていない山は厳しかった。父はこの家で生まれ育った。掃除の合間には小川でカワムツを捕る仕掛けや、松茸の見つけ方を教えられた。特に川でメダカを見られたのは嬉しかった。
昼に弁当を開きながら「お前が生まれる頃、そういえばじいさんは山で採れたものをやりたいやと云ってたな」と父はつぶやいた。お茶に口をつけた父を置いて僕はまた山道へ草刈りに出た。
草刈り機の紐を肩に食い込ませながら長くなった笹の中で作業をしていると、ラグビーボールのような鳥の巣がどこにつくでもなく上に乗っているのを見つけた。それは丸まった枯れた笹の葉でできており、手に持つとやわらかくて簡単にくずれそうだった。中をのぞくとウズラ卵と同じ位の茶の色をした卵が入っていた。逆さにすると転がり出てきて、これも指でちょっと力を入れればつぶれてしまいそうだった。巣のあった草は刈ってしまったので、僕は卵を元に戻して近くの茂みにそれを置いてきた。
家に帰って、見つけた巣は何の巣か調べてみた。あれはウグイスの巣であることが解った。二ヵ月後にきた時には巣は見つからず、中の卵もどうなったか解らなかった。木々はざわつき、山は次の季節の鳥が鳴いていた。
あれから五年、私は欠かさずにこの祖父の家の掃除をしにやってくる。父は山がつらくなり今は一人の作業となった。
仕事がつらくなると季節の移り変わりを待つようになった。高層ビル街では、車の窓の外を流れる都市環境緑化のために植えられた並木が、ビルの窓に反射する太陽のまあるい光をフラッシュのようにさえぎって強く目を撃つ。山に来れば季節が変わると同時にまた嫌なことも変わると思えてくる。
今年も掃除は続いている。いつか見たウグイスの卵が上手く孵ったかとうとう解らず仕舞だが、夏を迎えようとすると例年通り、山のどこからかウグイス達の声が聞こえてくる。親鳥が子供に鳴き声を教えている様子が聴いてとれる。