第83期 #26
俺の剣の一撃を受け、邪教の司祭は地面に倒れ伏した。まだ息があるようだったが、あの深手ではもう抵抗できないだろう。
素早く周囲を見回す。虫の音が響く夜の荒野に動く影はなく、散らばった物が月明かりに照らされている。
奴の手先だった魔術師の死体がいくつかと、そして邪教の犠牲となった哀れな遺骸が何十体……。
この邪教は、死を崇める宗教だった。死こそ素晴らしいと主張し、罪のない人々を騙して殺してしまう教え。正気の沙汰じゃない。死ぬなら一人でやればいいのだ。
そんな邪教の討伐に単身やってきたのだが一足遅く、騙されて連れてこられた人々は残らず死んでいた。
悔しさに唇を噛みながら、俺は邪教の一味をすべて蹴散らした。この司祭は最後まで抵抗したが、それもここまでのようだ。
俺は再び司祭に視線を戻し、剣を片手にゆっくりと近寄る。奴は伏せたままうめき声を上げていたが、迫る足音を耳にして力を振り絞り上体を起こした。
「……待て。俺の話を聞いてくれ」
そう苦しげな声で語りかけてくる。俺はそれを鼻で笑った。
「お前は犠牲者がそう言ったときに待ったのか? よかったじゃないか、憧れの死が訪れて」
「違う、誤解だ。聞いてくれ、これは――」
その言葉に俺は足を止める。このイカれた奴が、最期に何を言うか気になったのだ。
奴はニヤリと笑って口を開く。
「――これは、ゲームなんだ」
周囲を満たしていた虫の音が消えた。
「そう、これはつまらない日常の憂さ晴らしとして作られたファンタジーゲームだ。だが現実の世界が悪くなるにつれて、ゲームにどっぷり浸かったまま出てこない人間が増えてきた。俺はそんな人々を連れ戻しに来たんだ」
語る言葉と同時に、あたりの風景がゆっくり溶けるように崩れ始めていく。
そして浮かび上がってくる。薄暗い部屋で誰と会うこともなく、虚ろな目で一人膝を抱えたみすぼらしい男が。
「わかってくれたか? 死を与えたんじゃなくて、偽の現実から解き放ったんだ。さあお前も……」
その瞬間、俺は全身全霊の力を込めて剣を振るった。
短い断末魔と骨肉の潰れる音が響く。
気が付けば、周囲はまた虫の音が響く夜の荒野に戻っていた。
「……危ないとこだった」
そう呟き、深く溜息を吐いて腰を下ろす。そして月を見上げながら、俺は静かに確信した。
美しい月光、涼しい夜風、心地よい虫の音。
この現実が偽物だなんて、絶対にありえないということを。