第83期 #25
唸りをあげ襲い来る鉄の塊。
私の頭部を狙い水平に薙ぎ払われた鉄棍を、右足で踏み込むと同時に身を屈めてかわす。
後一歩でこちらの拳が届く間合い。
勢いのまま更に踏み込もうとした瞬間側頭部に大きな衝撃が走った。
まったく予測していなかった攻撃に耐えることが出来ず、私は前のめりに地面に倒れこんでしまう。
おそらく先程上手くかわしたと思った鉄棍の一撃だ。あれだけの勢いを伴った水平打ちを一瞬の内に引き戻し、油断しきっていた私にお見舞いしたのだろう。
目の前の相手との実力差を改めて思い知らされた。
今の一瞬の攻防だけでも十分判る。この男の棍の技量と経験は並の武術家を軽く凌駕している。一体どれだけの人生をその修練につぎ込んできたのか。少なくとも私ごときが一朝一夕で覆せるようなものではないだろう。
やはりこれほど実力差がある者に挑むのは無謀だ。
しかし、それでも私はこの男を倒す。
そして師匠の仇を。
突き動かされるように両脚で地面を蹴り同時に体を丸め飛込み気味の前転をしたのと、倒れていた場所に鉄棍が叩き込まれたのはほぼ同時だった。
あまりの衝撃に土が弾け飛ぶ。あのまま倒れこんでいたなら、今頃頭蓋骨は粉々になり土の代わりに脳漿をぶちまけて死んでいただろう。
それほどの一撃。
当然の事ながらそれを放った男は大きな隙を晒していた。
慢心かそれとも別の何かか。
いずれにせよこれほど実力差がある相手に仕掛けられる機会は二度と来ないだろう。
考えている暇は無かった。
目の前にある相手の鳩尾。
そこに向かって真直ぐに得意としている突きを繰り出した。
私が最も長く修練し、そして今は亡き師匠に最初に教えられた技を。
「……という夢を見まして」
のどかな平日の午後、私は無人の駅のホームで正座させられていた。
目の前には死んだはずの師匠がいる。私の夢の中で。
「中々面白い内容の夢だが、それが寝坊した理由か?」
「はい」
とりあえず素直に礼儀正しく答えた瞬間師匠の拳が飛んできた。
まったく捉えることが出来ない。なんという速さと鋭さ。
さすがは師匠。
「そのせいで一日一本しかない電車に乗り遅れたんだぞっ! 次同じ様なことやったらどうなるか……きっちり教えといてやろうか」
そう言ってこの世のこもとは思えないような凶悪な目つきで睨んでくる。
成す術のない私はとりあえず色んな事に対して謝ることにした。
ごめんなさいと。