第83期 #1

悩ましき大問題

 衣替えの季節は、いつも乗り遅れてばかりだった。
「寒がりだから」と言い訳しても、ほんとうは照れくさいだけ。みんなが夏服に移行し終わってから、やっと右へ倣えする。なんでもない衣替えでも小心者の私にとってはドキドキの一大イベントなのだ。
 そんな自分が嫌で、今年は思いきって勇気をだしてみることにした。
 先陣を切る真っ白なセーラーは初夏の朝陽に眩しくて、思わずニヤケてしまう。ショーウインドウに映る見慣れない自分の姿に、少しだけみんなより大人になれたような気がする。これって自画自賛かな。それとも自意識過剰ってやつなの。
 早めのバスに乗ったおかげか、知った顔に出会うこともなく校舎に辿り着けた。廊下を歩きながら時計をチェックし、そのまま教室の前を通り過ぎ、物理教室へ向かうことにした。物理準備室は写真部の部室を兼ねていて唯一この学校で私が落ち着ける場所なのだ。
 カバンに隠しておいた間服を引っぱり出し「やっぱ、やめようかな」と悩んだりする。似合ってないだろうなとか、夏服を着ているのが私だけだったらどうしようかなとか、考え始めたらとまらなくなってしまう。ほんと、どうしようもなく小心。
 こんな自分を変えようと決心したはずなのに。思いは堂々巡りから抜けだせない。
 そうこうしていると物理教室のドアがガラリと音をたてて開かれた。
 やって来たのは後輩の紗希ちゃんだった。
 ふたり、目を見合わせ暫し唖然とする。
 なぜなら紗希ちゃんも真っ白なセーラー姿で、しかも彼女は私以上に引っ込み思案なのだから。
 きっと彼女も私と同じ思いだったんだろうなあ。
「似合ってるよ」
 私がそう言うと、どちらからともなく笑みがこぼれた。
 いちど転がりだした笑いは、なぜかとまらなくなり。ふたりで大笑いしてしまった。
 紗希ちゃんは涙目になりながら「うん。先輩も凄く似合ってますよ」と言ってくれた。
 さすがに「ヘタレ同士で傷の舐めあいだね」とは口にできず「ありがと」とだけ返しておいた。
 もう少しすれば予鈴が鳴る。
 ふたり並んでケータイで記念撮影。
 すぐに映り具合をチェックしてみる。さすがに写真部だけのことはある。なかなかのできだ。ケータイに納まったふたりは、いつもより愛想がいい。
「イケテルよね」
「うん。イケテル」
 一本ではヘナチョコな矢でも二本だと折れ難い。私の心もなんとか折れずにすみそうだ。
 私たちは、やっと教室へ行く決心がついた。



Copyright © 2009 三毛猫 澪 / 編集: 短編