第82期 #40

夏休み

 タオルケット越しに見える明かりが楽しい。薄暗くて、でも夜とは違う暗さで、悪いことをしている気持ちになる。
 夏休みだからお昼までごろごろする。暑いからとパンツ一枚になって、私と兄は布団とタオルケットの隙間でじゃれ合う。兄は一つ上だから五年生。薄暗くて顔が見えにくくて、私は兄の首の後ろに手をやって引き寄せようとする。でも兄は抵抗して、何だかそういう遊びみたくなる。くすくすと笑い合って、そのうち頬と頬をくっつけた。
 兄と胸やお腹をぴったりさせると不思議な気持ちになる。このままじっとしてたいような、わーわー声を上げてはしゃぎたいような。代わりに兄の背中に腕を回してぎゅっとした。兄も私の頭を抱く。そうすると最近ふくらみはじめた胸が押しつぶされて少し痛いのだけど、でもそれは誰かに自慢したくなる痛みだった。こんなところをお父さんやお母さんに見つかったら怒られるんだろうなと思うと、また楽しくなった。
 それから兄は体を下にずらして、唇で私の胸の先を触った。私は兄の頭をそっと抱く。舌が触れて、その濡れた感触がくすぐったい。おっぱいを吸う兄は赤ちゃんみたいで、何だかとてもかわいい。私はそんな兄との時間がとても好きだった。


 ぱらぱらという雨の音で目を覚ました。腕にさらりとした感触があって、目を移すとタオルケットをかけられているのがわかった。点いていたはずのテレビは消えて、その前で兄が寝そべって漫画を読んでいた。
 地方の大学に進んだ兄が、夏休みだから数日だけ帰ってきている。兄とは小学校までは仲がよかったけれど、中学高校は多分思春期というもので険悪になった。顔を合わせればケンカして、よく親に叱られていた。
 何故あんなに苛立っていたのだろう。当時の私に訊いたら何て答えるだろう。
 兄が私に気づいて視線を寄越した。私は無意識に右手を浮かして兄のほうに伸ばしていた。兄は不思議そうな目でただそれを見つめた。
 子供の頃、私がそうすると兄はすぐに手の甲を触ってきた。そっと触れた指先が腕を滑って近づいて、わきの下をくすぐってくるまで、私はいつも唇を結んで笑うのをこらえていた。
 なに、と兄の唇が訊いた。ううん、と私は首を振って、ぽてんと右手を床に落とした。切なくなるような、じんわりとしたさみしさを感じて、ほんの少し胸が痛くなった。でもタオルケットの感触が懐かしくて心地よくて、だからもう、それでいいかなと思う。



Copyright © 2009 多崎籤 / 編集: 短編