第82期 #35

テロリストという職業選択

 業績が悪化した会社からお荷物扱いされて、追い出されるように辞職した。派遣の仕事で糊口をしのごうとしたが、待遇は悪く、休みなく働かなければならなかった。そのうち体を壊し、家賃を工面できなくなって、住居を追われた。
 もういい、死のう。だが、最後にひとつだけわがままを許してほしい。
 俺は決して怠けていたのではない。常に必死だった。それなのに事ここに至ったのは、俺が悪いのではないだろう。社会が悪いのだ。俺はこの社会に殺される。ならば、俺も最後にわずかなりとも抵抗しても良いだろう。最後に、爪痕を残してやる。
 俺は最後の力を振り絞ってわずかな金を稼ぎ、手製爆弾の製造法と材料を入手した。さてこれでどこを壊してやろうと思うと、それをなしただけで自分が死ぬことがもったいない気がしてきた。よし、これを元手にもっと強力な武器を手に入れよう。俺は猟銃店を爆破して散弾銃を手に入れ、それを用いて現金輸送車を襲撃して以前では考えられない大金を強奪した。
 俺が悪いことをしているのではない、この社会がそれをなさしめているのだ、そう思っていた。しかし爪痕のつもりが出血のごとき惨状を見せるにつれ、俺は考えを変えた。生きてやる。生き延びて、この悪しき社会を変えてやる。革命だ。社会を革めるために、今を壊してやるのだ。
 革命活動が共感を呼んだか、どこからともなく協力者が現れ、程なくそれは地下組織化されていった。この社会の悪の根源、搾取する者は多岐にわたり、攻撃目標は枚挙に暇がなかった。ある者は自動車で宝石店に突撃し、ある者はボートで貨物船を襲撃し、ある者は飛行機を行政施設に墜落させた。そうして俺たちは力を増していき、ついに核兵器まで手が届くところまで来た。
 陽動、自爆、銃撃、凄惨な抗争の末に俺たちは辛うじて管制室を制圧し、発射装置も入手した。こんな物に俺たちの血と汗が吸われていたのか。そう思うと、この社会を制する最強と言われる力が、くだらないものに思えた。
「これで誰をどう強請ってやろうか」
 この社会の頂点に登りつめたことに、場は暴発の危うさを多分に含んだ興奮に包まれていた。しかし俺に見えたものは、すべてがくだらない世界だった。革めたところで何になる。何もかもが俺にはどうでも良かった。
「撃つ」
 もういい、死のう。どれくらいぶりか、あるいは初めてのことか、憑き物が落ちたような安らかさで、俺は発射ボタンを押した。



Copyright © 2009 黒田皐月 / 編集: 短編