第81期 #10

ごちそうさま

 男は夕食と朝食をまったく食べない。
 それでは昼食にご馳走を食べるのかというと、そうでもない。コンビニで買ってきたおにぎりを一つ食べるだけなのだ。それもけっして美味しそうには食べない。
 食べるという行為が嫌いなわけではない。むしろ、少し前までは大食家であったのだ。昼食しか食べられなくなったのは、あの夢を見るようになってからだった。

 目の前に御馳走が並んでいる夢だ。大食家だった男は嬉しそうにその食事を平らげた。
「少し物足りないな……もっと食べたい」と思った。

 次の日も夢を見た。
 目の前に御馳走が並んでいる夢だ。
 大食家だった男は嬉しそうにその食事も平らげた。
「これくらいが適量だな」と思った。
 次の日も、また次の日も夢を見た。
 目の前に御馳走が並んでいる夢だ。大食家だった男は嬉しそうにその食事を平らげていく。
「ちょっと多いな……」と思った。
 ある朝は起きたあとに、朝食が喉を通らなかった。

 それならば夢の中の御馳走を食べなければいいと思うだろう。
 男もそれを試した。
 ところが御馳走を完食しなければ夢から覚めることができなかったのだ。夢の中での食事の量は日に日に増えていく。毎日のように寝坊が続いた。そして男は夕食も食べないことにしたのだが……。



 あの夢を見るようになってから三ヶ月。男はもう限界であった。
 そして男はビルの最上階から飛び降りた。落ちていく途中で男は気絶してしまった。
 気づいた時、目の前には終わりの見えないほどの御馳走が並んでいた。



Copyright © 2009 ゆうき / 編集: 短編