第80期 #20

警部エドガーの憂鬱

 ロンドンは霧の街と言われる。一日のほとんどを街は霧に包まれ、灰色の空と灰色の石畳が、外から来て初めて街に住む者を憂鬱とさせる。
 ロンドン市オールトン署の警部、シェーン・エドガーにとって、このロンドンの街は、別な感慨が彼を憂鬱にする。
 この日彼はオールトン署の給湯室で今日初めての紅茶を飲んでいた。
「警部、やっぱりここにいましたか」背後から、新人刑事のロス・パーキンスが話し掛けた。
 するとエドガーは、「何だ?」と、俺はティータイム中だと言わんばかりの顔で言った。
「今朝、アークライト記念公園で死体が発見されました」パーキンスの報告にも別段驚かず不愉快そうに「殺しか?」と聞き返した。
 パーキンスは多少興奮しながら「はい、被害者は女で、遺体がバラバラの状態で発見されました」
 エドガーはすぐに緊張して、「バラバラ? 何でそれを早く言わん!」と言うと、持っていたカップを流しに投げ置き、署を出て現場に向かった。
 エドガーとパーキンスが公園に着くと、既に公園の入口にはマスコミと野次馬の集団ができ、その規制に制服姿の警官が追われていた。
「全くマスコミってのは何処から嗅ぎ付けてくるんだか」パーキンスが呆れ顔で呟いていると、エドガーはすでに集団の中に入っていた。慌ててパーキンスは後ろから付いて集団を掻き分けていく。規制の境界線まで来た時、顔見知りの警官が気付き、エドガー達を現場まで案内した。
 遺体発見現場は公園の歩道から外れ、常緑樹が周りに林立しており、なかなか人目には付きにくい場所にあった。
「今朝方、散歩中の男性が遺体の一部を発見し、その通報を受けて駆け付けた警官がここで遺体を見つけました」案内した警官の説明にも、遺体の凄まじい惨状から二人の刑事は返す言葉を失くしていた。
 遺体の首はあるべき場所には無く腹の上に、右足は付け根から切断されて遺体から二、三歩離れた所に無造作にあった。両腕のうち、右腕はあることにはあるが肘から有り得ない方向に折れ曲がっている。左腕は手首から先が無い。口元を手で押さえパーキンスが木陰に向かった。
 エドガーはこれまでにはないほどの不気味な、得体の知れない悪意を感じていた。(これはとんでもないことになるぞ!)
 ふと見上げたエドガーの目は遺体のそばにある木にくぎづけになった。木の幹には文字が刻み付けられていたのだ。

『千文字ではここまでだろう』



Copyright © 2009 山崎豊樹 / 編集: 短編