第80期 #17
蒼い砂漠の夜――。
砂嵐は止んだようで、多少の埃が宙を舞う中、月光は綺羅燦々と降り注いでいる。光の雫は透き通り、寝室の窓と緞帳を輝かせている。
貴方は安楽椅子を揺籠のように弄びながら、月の砂漠が眠る様子をただ眺めてはその蒼さに沈黙を続けている。
宴は終わり、侍女が夢見に時間を費やす頃、宮殿の広間を含めて至る場所に夜の帳が下りている。踊り子の舞いも、官能的な音楽も、卓上に並べられた異国の料理のもてなしも、果実の盛り合わせも、祝盃の杯も、列を成す燭台の灯も、全て片付けられて、装飾燈(シャンデリア)は硝子の僅かな反射光だけを発している。
久方振りの宴にさぞ疲れたことでしょう――。
寝台を整えているわたくしの言葉に貴方はただただ呻くばかりで、安楽椅子の軋む音だけが寝室には響いている。
東の太陽の国の王様が酔いに乗じて発した言葉を貴方はまだ気にしているのでしょう。酒精は恐ろしきもの、人間誰もがそれを飲み干せば立ちどころに嘘がつけなくなる。まるで鎖を解かれた囚人のように、自由を手に入れたと勘違いをして暴れ回るのです。
貴方は片目を瞑って、わたくしの話を聞き逃さないためにじっと耳を澄している。肘掛けに乗せられた指先が震えている。怒りも酒精と同じ。我を忘れてしまう。貴方はそれ以上耳を貸さずに、窓外の光景を睨み続ける。
わたくしにも蒼く見えます。夜の闇は全てを黒く染めても、星たちが清透な蒼に調和させてしまうのです。一時の蒼、永遠の蒼に。
貴方の帰還に宮殿の者たちは皆喜んでおります。皆が貴方の帰りを待っていたのです。たとえ命が亡くなろうとも帰って来てくれれば良かった。貴方が今そうして無事に戦争から帰って来たのですから、苦しむ必要なんてないのです。多少の傷が疼こうとも、貴方は立派に戦争に打ち勝って来たのです。
安楽椅子から立ち上がり、窓辺に歩み寄った貴方は両手をついて、降り注ぐ星月夜の光を浴びる。
わたくしの目にも今の貴方の体は蒼く輝いて見えます。わたくしの言葉は貴方への慰めにすらならないけれど、それが事実。
東の太陽の国の王様は、貴方を西洋人形と嘲って呼んだけれど、それは貴方の勇姿の証。貴方は髪をかき上げ、左目に触れる。爆弾の熱と光で失ったものの代わりに埋め込まれた、アクエリアス・サファイアの瞳。
悲しまないで。夜だけならば、わたくしも貴方が永劫見続ける蒼の世界を共有出来るのだから。