第79期 #32

さて、続きを話そうか

タバコに火をつけ、白い息を吐く。
溜息をつきながら女は目の前に居る人物からの言葉を待った。
「たった一つの質問にすら答えられないというの?」
女を見据え背筋をピンと伸ばしつつも、頑なに開かないその口から出てくる言葉が女にとっては何より聞きたいものだ。
だが、一言も発さないその人物は既に十時間以上監禁されている。
「たった一つの質問なのよ。いい加減にしなさいよ」
女は立ち上がりその人物の顔を掴みあげ自分と目線を合わせようとしたとき、気がついた。
「死んでたの?」
たった一つの答えは失われた。

 それが始まりの合図だったと、誰もその場にいた関係者は思わなかった。
大抵、どんな出来事でもそうだが後々になって「あの時か」というようなことが多い。
そんな「始まり」は一週間前の話。
横断歩道を赤信号で渡ってきた女が物見ごとにはねられた。
だが、赤信号で渡っていたということから運転手に対しての責任は軽減されることになったが、事の始まりはその前から起きていた。
執拗に追い掛け回した結果、女は赤信号を渡ろうとした。
そして、迷った挙句に飛び出した。
執拗に追いかけていた運転手は、Uターンをして女を追いかけようとしたが急に飛び出したためにはねてしまったのだ。
そのちょっと前に、その女はハンドバックをスリに取られていた。
そのスリが赤信号を駆け抜けて行った。
つまり、スリを追いかけていたのかもしれないという疑惑も浮上した。
そう、これは事故だという主張と殺人だという主張が交差した。
死人に口なし。
真実など、どこにも無かった。
無論、加害者は罪の擦り付け合いで話にならない。

「ねぇ、ちょっと、聞きたいんだけど」
その事件が起きた三日後に女は声をかけた。
先ほど椅子に縛り付けられたまま死んでいた人物だ。
たった一つの事を聞くために十時間以上拘束された挙句、理由はともかく死んだのだ。
そんな結末が待っていることなど知らず答えた。
「なにか、ご用ですか?」
「付き合って欲しいの、ちょっと場所を変えて」
「かまいませんが・・・」
それが、最後の姿となる。
「椅子に座って」
女が勧め椅子に座らせる。
座った途端ドアを閉め後ろからロープで縛り上げた。
懇親の力をこめて縛り上げた。
「うっ!」
それから、縛り上げた人物の髪を掴み上げこういったのだ。
「続きの話をしましょうよ、あなたが私を殺したの?」



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