第79期 #23
姪が寝室への襖を前に立ち尽くしている。隣の襖に移った。押入れの襖を振り返る。だめだ、ぜんぶ線で汚れてる。足元を見る。しゃがんだ。
「ばー」
絨毯に線を引く。立ち上がり仕上がり確認。真っ赤なクレヨンがぽーん、とDとLを分けている引き戸にあたって音を立てた。
さきいかを持って弟が模造紙を伸ばして引き戸に貼りつけるといそいそとその娘は隅に落っこちている真っ赤なクレヨンを拾いにいくのであった。
「末は画家か大臣か」
弟は抱き上げた娘の手を時折とって線を導いている。
「金持ちに嫁いでもらうんだ」
「夢のある話だ」
「姉ちゃんが失敗するから」
「まー、あれは」
引き戸に映し出されるぼんやりとしたシルエット。弟の影のなかにあるはずの姪の影。あの蛍光灯かえどきだね。
姪がぐずるので覗きにいくと、皿の上に林檎がのっていた。
「セザンヌですか」
「インテリ」
「芸術家くずれ」
姪が着地する。
「ちょっとコンビニ」
「ごめん」
「そんなんじゃねぇって」
「じゃあ牛乳プリン」
「あとコーラね」
「あるじゃん」
「さっききれた」
「そうか」
「うん」
そして弟はすがたを消しましたとさ。
めでたしめでたし。
姪に昔話を読み聞かせ。桃太郎浦島太郎金太郎三年寝太郎。実の父の名は太郎なのだぞというこれはメッセージなり。ま、わかるわけもなく。
自宅を引き払い弟のマンションに住み、姪はというとめんどうを看たくて看たくてな両親がいそいそと奪っていった。
ありがたやありがたや。
こうしてときどき両親と私の息抜きをかねて姪に会いにいく。会うたびにすくすく育っているのがなんともいじらしくてね。
実家ちかくの動物園その中の子ども動物園というところにてヒツジ・ヤギ・テンジクネズミにふれるべく群がる健全な児童たちを尻目に吾が姪はというとクサガメにご執心なわけである。この生き物は臭亀と書くのだよと教えると喜んで嗅ぎにいき「くったーい」と逐一報告しにくる様をぼんやり見ていると私は浦島太郎かと思う。
絵入りのキャンバスが実家に送られてきたというので呼び出される。ナンタラ・ヴィクトワール山かと思ったがそれを模写したに近いかたちの男体山だった。
「価値があるの?」
と母。
「ご冗談を」
「ふーん」
母退散。
「太郎か」
と父。
「イエス」
「物置にやっとけ」
父退散。
ぱちぱちぱち。
ナンタラ山で火を熾す。
あらわれた姪が何かを放り込む。
「何?」
「りんご」
「お、いい趣味」