第79期 #20

誘惑

『この門、開けるべからず』
まったく困ったものだ。開けるなと言われたら開けたくなるのが人情だ。俺の場合、特にその傾向が強いらしい。昔から『やるな』と言われると、ついついやってしまい、痛い目に遭っている。
門に書かれた警告文を見るたび、開けたくて開けたくてたまらなくなる。しかし、そんなことはできないのだ。
重く分厚い鋼鉄製の扉の前で、ひとりため息をつく。いつものことだ。

今頃、門の向こうはどうなっているのだろう?
暇さえあれば、そんなことを考える。外の様子を知る手だてはない、そのことが余計に想像心をかき立てる。花畑が広がる楽園だろうか? いや、おそらくは地獄が広がっているに違いない。放射能にまみれ、荒れ果てた大地が……。

今から五年前、世界中を巻き込んだ核戦争が起こった。
一発の核ミサイルが発射されたのを皮切りに、連鎖的に報復攻撃が始まり、あっと言う間に世界中が焼き尽くされた。軍人だった俺と少数の者たちは、この地下施設にいたおかげで、たまたま難を逃れることが出来た。他にも生き残った人類がいるかもしれないが、通信、交通手段が途絶えた今となっては知る由もない。
この施設は外界とは完全に隔絶されている。放射能の心配はない。地熱エネルギーで装置を動かし、食料生産から水・空気の循環まで必要なことはすべてまかなえる。
ここは、人類最後の生き残りが乗る箱舟なのかもしれない。

しかし、そんな生活を続けた俺たちの体は、次第に弱っていった。やはり人は大地に立ち、陽の光を浴びなければ生きていけないのだろう。仲間は一人、また一人と死に、俺が最後の生き残りというわけだ。
そして、俺の体にもついにガタが出始めた。おそらく長くはないだろう。

俺は決心した、門の外に出よう。どうせ死ぬなら大地の上で死にたい。それが人間らしい死に方というものだ。
制御装置にコードを打ち込みロックを解除する。これで出られる。重い足を引きずりながら、門の前にゆき、開門スイッチを入れた。
だが扉が開くその瞬間、緊張の糸が切れたのか全身の力が抜け、俺はその場に倒れてしまった。目の前が暗くなり、意識が薄れる。
残念だ……死ぬ前に、一目でいいから外の世界を見たかった。まあ天罰だろうな。何しろ、世界がこんなことになったのはすべて俺の責任なのだ。


『このボタン、押すべからず』
誘惑に負け、核ミサイルの発射ボタンを押したばかりに……。



Copyright © 2009 1970 / 編集: 短編