第79期 #18

冬が来る

「ふむう……御前さんいつもそうして裏庭を眺めているが、この庭が好きなのかい?」
「わたくしはこうして静かに座つてゐるのが好きなのです。今日はお客様はいらつしやいましたか」
「今日は信楽焼の狸をひとつ、持ってきた人がいたよ。ほら、いつも花を持っていらっしゃる」
「ええ、それで狸は如何でした」
「何やら本物のような気色だったよ。今は表に出してある」
「そうですか。ちよいと見てみませう」
「それから、あの糸車は売ったよ」
「お向いのあの書生ですか。」
「そうさな、魚をもらってしもうた。今夜戴こうか」
「立つ派な鮟鱇ではありませんか」
「捌いておくれでないか」
「お水と小出刃をお願がいします」
「おお、鯵切しかないが。水は庭で汲んでおいで」
「御茶も淹れて参りますから、そこでゆつくりしておいでください」
縁側に佇む老婆。庭の井戸の際に、柄杓を持ち鮟鱇を掛ける姿があった。
冷たい風に木の葉が揺れ、燕尾服の裾は微かに翻った。
冬が来る。



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