第79期 #16
理由はわからないが、最近生きている心地がしないのだ。
何かぼんやりしたお伽話を、繰り返し繰り返し聞かされているみたいだ。
冬の凍れる寒さに耐え、オフィスで僕はコーヒーを飲んでいる。
目がぼんやりしていたが気は確かだったはずだ。
夢だったのだろうか、僕は公園を歩いていた。
見慣れない公園を見知らぬ少女と歩いている。
とても不思議な気分だったが、悪くもない。
何か懐かしいものを感じていた。
突然、少女は立ち止まりふいに僕を見つめる。
冷ややかで悲しそうな目だった。
そしてまた景色が変わる。
誰の車かは知らないが、僕は車を運転している。
隣には髪の長い綺麗な女性が、外を眺めて座っていた。
何か見えるかい、僕が聞くと
「夕日がとても綺麗」そう答えてみせた。
車のライトを点けた時、僕は左手に冷たいものを感じた。
それは彼女の手だった。
彼女の手はひどく冷たく、少し湿っていた。
僕は横道に車を止め、彼女を心配する。
僕が何を問い掛けても彼女は答えず、震えて泣いていた。
そこでまた光が消え、新たな光が入る。
僕が目を開けると、二人掛けのテーブルにたくさんの料理があり、女性が座っていた。
髪の短い女性は、フォークとナイフを操り笑顔でサラダを食べている。
この料理は全て彼女の手料理らしい。
ルッコラとラディッシュのサラダは自慢の一品だそうだ。
「なぁ、ラディッシュって二十日大根の事だろ」
「近いけど遠い。親戚みたいなものよ」
こんな他愛もない会話が、楽しいと思ったのは初めてだった。
これが幸せと言うものなのか、こんなことまで考えていた。
食事が終わると彼女は、自分の夢について話しだした。
口調は軽く、楽しそうに話すのだが何かが違う。
軽やかに踊る口の上に付いている二つの目がどこか寂しげにしていたからかもしれない。
その目は前の二人と同じ冷淡さを持っていた。
そこで全てが醒める。
誰もいない部屋で、保存料だらけの弁当を食べている。
これが自分の日常だ。
また何処かへ旅をしていたのかもしれない。
理由はわからないが最近生きている心地がしないのだ。
何かぼんやりしたお伽話を繰り返し聞かされているみたいに。