第78期 #3

痛み

 俺には年の離れた妹と弟がいる。中学一年生の妹と小学一年生の弟。ちなみに俺は高校二年生。何か知らんがやたらと俺に懐いている。まあそれはそれでかわいいもんだ。

 ある朝俺が部屋から這いだしてくると、いつもなら出掛けてるはずの小学生の弟が、まだ着替えもせずにソファに腰掛けている。
「どうした?」
『おなかが痛いんだって』
 弟より早く、母が背中越しに答えた。
 ほぉ。一丁前に仮病か? あ、まさか学校でイジメられてるとかじゃねえよな。
 心配性の兄としてはちょっと気になる。

「ハラが痛いの?」
 弟は頷いた。
「どこらへんよ?」
 弟は首を傾げた。
 俺も医者じゃないから『ココ』って言われたところで「そりゃ困ったな」ぐらいしか言ってやれないのだろうけど。ただ仮病ってカンジはしない。

『あんた病院に連れてってやってよ?』
 母は俺に面倒を押しつけてきた。まあ学校をサボる口実にもなるし別にいいか。


 弟を連れてやってきた総合病院はロビーがやたらと広い。受付も『■□科』とか言うのが沢山あってよく判らない。そもそも俺は健康だけが取り柄のような男だから、病院に来ることなんか殆ど無い。が、受付のお姉さんは綺麗なヒトが多い…たまに病院に来るのも悪くないかも知れないな。
 気が付くと、弟が不安そうな目で俺を見上げている。案ずるな、弟よ。

 辿り着いた内科の待合室で待たされること約1時間、ようやく弟が診察室に入った。一応俺も同伴で。
 白髪に白衣の全身白ずくめの医師は、弟の腹を押したりしながら問診を繰り返している。弟は相変わらず不安そうだ。

『あなた、お兄さんですね?』
 医者は深刻そうな顔をして俺に向き直った。俺は刹那、背筋が強ばるのを感じた。
『弟さん、ひょっとして…筋肉痛、かな?』
「…へ?」

 思い当たるフシがあった。
 昨日俺が部屋で筋トレしてるときに弟が興味深げな顔で見ていたので、腕立て伏せとか腹筋とかをやらせたような気がする…とは言っても常識的な程度に、だ。
 幼い弟が一般的に言う『腹痛』と『筋肉痛』の違いが判らなかったからといって責めることはできない。ただ少し腹筋をやったぐらいで筋肉痛って…それでいいのか? 現代っ子は。

 何はともあれ、病気の類ではなさそうだ。俺は胸をなで下ろした。



 翌朝、中学生の妹が俺のトコロにやってきて、言った。
『お兄ちゃん。ナンか胸が痛いんだけど。キュンってカンジで…』

 まあ年頃だし…春も近いかな?



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