第77期 #21

二世帯住宅

二世帯住宅

「子供の菓子を食べないでよ」
「風呂は最後にしてくださいよ。娘たちが父さんの入った後の風呂は垢だらけだってお湯を入れ直すんですからね。まさか、風呂の中でタオル使っていないでしょうね」
「そのタオル、顔拭くタオルですよ。体拭いてないでしょうね」
「汗止めのスプレーそんなに使わないで下さいよ。息もできないわ」
これは、私が、サラリーマンをしていた時、毎日妻からあびせられた言葉です。
いつも言われていると気にならなくなるものです。
 ところで、最近は二世帯住宅が多いですね。
 私の子供も女子だったので、家は二世帯住宅にしましたが、子供は出て行き二世帯住宅は無駄になってしまいました。
 ところが、意外なところで二世帯住宅が役に立つことになったのです。
 それは退職の日に始まりました。
「お母さん今までありがとう」
「何を言ってるんです。お父さん、ご苦労様でした」妻の暖かい言葉に背中を押されて最後の日を迎えることを期待していました。
「なに、やってんですか。最後の日でしょ。遅刻しないように早く行きなさいよ」 
 退職した夫が部屋にいると妻は落ち着かないらしいんです。
 自由に昼寝もできず、夫の前では掃除、洗濯、料理をしているところを見せなければならない。電化されて、そんなに一生懸命やったらすぐ終わってしまいます。それに、好きな昼メロも見れないし、友達と遊びに行ったりすることもできない。
 それが、頭のはげたモンスターみたいな生き物が急に居座って、妻の生活パターンを壊していく。妻にとってはこれは理不尽そのものです。
 モンスターは、いつも下着か、トレーナーで、冷蔵庫をあさっては、あたりに食い物のカスを散らかす始末です。妻から見れば一日で一週間分汚された思いなんでしょう。
 老後の夫婦には3mの距離がちょうどいいというTVコマーシャルが流れていました。
「何言ってるのよ。10mでも我慢できないわ」妻は突然立ち上がってTVに向かって怒鳴りました。
 「そうだ、家は二世帯住宅じゃない。子供も出て行ったし、二階は、倉庫代わりに使っておくのももったいないわ」
こうして65歳まで働き続けた私は、不用品の集まった2階に住むことになったのです。
「あなた、書斎がほしいと言ってましたよね」妻の甘い言葉に私は返す言葉がありません。
 くれぐれも、二世帯住宅は建てないように



Copyright © 2009 中村 明 / 編集: 短編