第74期 #1

赤い目

健二は校庭で飼われている3匹のうさぎの飼育委員をやっていた。学校から一番家が近いという理由で、半ば強引に押し付けられたのである。見ているだけなら可愛いうさぎも、その世話となれば率先して手を挙げる者はいなかった。

健二は小屋の掃除や餌の準備が嫌でたまらなく、なによりあの大きな前歯で噛みつかれはしないかと、気が気ではなかった。うさぎに慣れようと毎日抱いてみようとするのだが、彼らは狭い小屋の中をバタバタ逃げ回りまったく懐かない。そればかりかあの赤い目で健二を見上げながら、ぽろぽろフンをまき散らす始末だった。放課後遊びに行きたいのを我慢して小屋に寄っていた健二は、うさぎ達の態度に心底腹をたてていた。雨の日はドロドロになりながら掃除をしてやり、寒い日は寝床の草を増やしてやったのに、彼らとの距離は一向に縮まらなかったからである。

頭にきた健二はある日の夜、家をこっそり抜け出してうさぎ小屋へと向かった。彼らが居なくなればこの煩わしさから解放されると考えたのだ。小屋に着くと健二はドアを開けたままにして帰路についた。明日の朝になれば一匹残らず逃げているはずだ。そうすればもう彼らの世話をしなくて済む。段々小さくなっていく小屋を尻目にそう思っていた。

しかし歩きだして少し経った頃だった。ピタン、ピタンと背後から小さな音が近づいてくる。
「まさか・・」
はっとして後ろを振り返るとうさぎ達が懸命に健二の後を追って来ていた。まるで僕たちを捨てないでと言っているかのように、まっすぐ健二の元へ走ってきていたのだ。
「ああ・・」
健二は必死なその赤い目を見て声を詰まらせる。急いでうさぎ達の所へ駆け寄りその場にへたり込むと、泣きながら謝った。
「ごめん、ごめん、ごめんよ」
うさぎを抱えるようにして、健二は地面に頭をつけた。うさぎは耳をパタパタさせながら黙ってそれを眺めている。そして安心したように鼻先をむずむずさせていた。
「お前たちは僕を怒ってないのかい?僕が嫌いだったんじゃないのかい?」
うさぎ達の顔を見ながらそう言うと、すり寄ってくる3匹をそっと抱きしめた。

きっと彼らは毎日、健二に言っていたはずだ『いつもありがとう』と。いたずらした時には『ごめんなさい』と。言葉を話せない代わりに、全身で伝えていたのだから『大好きだよ』と。



Copyright © 2008 立花  プリン / 編集: 短編