第73期 #22
スラヴ人の建てたのがプラシボ王国で病は気からがノヴゴロド効果だったか? バタフライの人々が殺されたのはアルメニア理論だったか?
歴史の講義を受けてきたばかりなのにもうすでにさっぱり忘れている。もうすでに全てさっぱり忘れてしまっている。
電車に乗る。夜十時三十五分新宿発の丸の内線にはたくさんの人々、たくさんの民族が乗り込んできていて、ジャズだったりシャンソンだったり軽薄なロックだったりを演奏する。
ポスターのべたべた貼り付けてある、馬鹿でかいスピーカーの上に座ってノートを開く。
(こんにちの世界には、五千から一万数千の民族がある。宗教はその十倍、歌は数え切れない)
「ねえ、あなた、さっきあたしのお尻触ったでしょう。本当に、スケベなんだから」
黒い服を着たジプシー女がそう言って寄り添ってくる。
「お尻を触ったし、胸も触ったし、本当に、スケベなのね。本当にもう、スケベなんだから」
「ああ。ごめんな」
「本当に、もう本当に。そんなに大きくしちゃって。本当に、本当にもう困った人。」
「ああ。ごめんな」
ジプシー女は暑いのか服をするすると脱ぎ始めて。口紅が解け落ちていて。
檻の中には金色のライオンが居る。
そういえば聖堂の中にも檻があった。
花園の中にも檻があったな。
鏡に映したかのような自分そっくりの誰かが居た。
人の体や考えをどう継ぎ接ぎしても、どのように組み合わせても、どのような組み換えをしても、並べ替えても、聖堂に行けば同じような継ぎ目を持った自分が居る。
黒いベルトに縛られていて、そのベルトの光沢がなんとも言えず羨ましくて、檻の鍵を外して中に入り、うずくまって一晩過ごしたこともあった。
(誰か素敵なお話をしてよ)
丸の内線が止まる。ブルース。アメリカに着く。
アメリカ。アメリカ。アメリカ。
みんなぞろぞろと電車から出てきて、色々な民族の色とりどりの旗や食べ物やポスターやリボンや楽器や人形などを供え、だらだらと歌を歌う。
アメリカ。アメリカ。もう誰もいないアメリカ。
たくさんの花がどこまでも続くだけ。
色とりどりの花がどこまでも続くだけ。
(きちんと眠るから
誰か素敵なお話をして
もうなにもしないから
誰か、素敵な、それだけで眠れる話を聞かせて)
マリリンと一緒に花をつみ話を交わしながら、また電車に乗り込み新宿へ帰る。
ブルース。
時速六百キロ。
電車が走り出す。