第7期 #1

ブレーンリーダー

 絶叫の後、同僚のニックが死んだ。これで2人目だ。
 俺達の仕事は死体の頭の中身を覗く、つまり記憶を読むのだ。読み込んだ記憶は頭の中で変換してから出力する。変換とは頭の中で再現することだ。浅い記憶の場合死亡時の状況が再現されるために読むことは危険だ。動物を使った実験結果の死亡率は9割以上。殺害される直前の再現は、擬似とはいえ、死を招く。しかしニックは、遺体の絶対安全な深部の記憶を読み、彼女の身元を解読している最中だった。
 ニックの事故処理で帰宅は深夜になった。子供部屋に入り、アーヴィンの寝息を確認してから寝室に行った。ベッドの上でアリスが体を丸めて眠っている。俺はベッドに突っ伏しそのまま眠った。
 朝だ。眠りが浅いのか、頭が重い。朝食を取る気にはならず、着替えて玄関へ向った。
「ジョージ」
 アリスがアーヴィンを抱いて見送りに来た。
「行ってらっしゃい」
 アリスの声を聞き流した。アーヴィンに声もかけなかった。

「ジョージ、仕事だ」
 俺が読むのは他人のアルバムだ。俺を乱すものがあるはずが無い。
「今日は、四十代後半とみられる女だ。ニックやケイジの読んだ若い女とは違う」
「そうか」
 俺は少しだけ安心した。
「あいつらは運が悪かっただけだ。他のやつは生きてるじゃないか」
 そうだ。きっと操作ミスで浅い記憶を読んだに違いない。俺は自分に言い聞かせた。何度も人の記憶を読んだ。犯人の手がかりを読んだこともあるのだ。ただ、幼女の記憶を読んだことはあっても、女の記憶を読むのは初めてだった。
 装置を着け、目を開ける。最初の記憶が見えた。台所だ。小さい男の子が近寄って来た。俺は菓子を与えた。次の記憶だ。赤子を抱いている。俺は歌を歌っていた。その次だ。突然目の前に光が広がった。大きなライトの光線が俺の目を刺す。熱い。汗が噴き出る。体がだるい。激痛が走る。呼吸を指示する声がする。髪が汗で顔に張り付く。涙で光が滲む。俺は声をあげた。激痛がまた来た。嫌なリズムを刻みながらどんどん痛みが増す。知らない男が俺に触る。助けてくれ。俺は叫んだが男は俺を励ますだけだ。言葉はいらない。俺は泣いた。おねがいだおねがいだおねがいだ。たすけてくれ。

 ズルリ

 俺の中で何かが切れた。血のにおいで吐きそうだ。だが、臭覚だけではなく全ての、痛覚すら、薄れていく。ギャーギャーと泣く声が聞こえた。アリスの偉大さを知ったが、いまさら遅い。



Copyright © 2003 斉藤琴 / 編集: 短編